島田荘司『最後の一球』 野球音痴にすすめる野球推理小説(1)

星君、私は今猛烈に野球熱が出そうだ

こんにちは。地球フィクション研究家・猫型宇宙人の猫丸です。

先日、どんな野球音痴にも勧められる面白い野球推理小説として青井夏海著『スタジアム虹の事件簿』を取り上げた時に、「野球を題材にとった推理小説は結構ある」と書いたところ、「そんなに本当にあるのか?」と2名くらいの世界中の地球人から大反響があったので、今回は私が読んで面白かった「野球推理小説」について書きたい。題して「野球音痴でも楽しめる度」別・野球推理小説、2回にわけてお届けします。

「野球音痴でも楽しめる度」別・野球推理小説/基準作品は青井夏海著『スタジアム虹の事件簿』

まずは以前ご紹介した、青井夏海著『スタジアム虹の事件簿』だが、これは本当に野球をまったく知らなくても楽しめる上、野球通・野球好きならば「そんなことは当然」として言葉にしないところから野球について解説されており、そればかりか「知らなかった野球のルールを初めて知る」プロセスと事件解決のプロセスが重なり合うという、野球音痴のためにあるような小説だ。「野球音痴でも楽しめる度」の基準として、こちら『スタジアム虹の事件簿』を100としよう。

青井夏海著『スタジアム虹の事件簿』野球音痴でも楽しめる度:100


そしてこちらも以前に取り上げた、同じ作者の、推理小説ではないが野球小説『あかつき球団事務所へようこそ』も同じ座標に並べることにする。

これは野球が好きだが一度はやめてしまった、元は「天才野球少女」と呼ばれた主人公の再生の物語で、出て来るのは草野球、少年野球などが主だ。野球のルールについて詳しければ申し分なかろうが、わからなくても楽しめ、後述する作品に比べると、日本独自の(男子)高校野球やプロ野球の世界の常識や約束事についてはまるでわからなくてもついて行けるところが野球音痴には読みやすい。野球のルールや野球界の常識・約束事よりも、日本において野球が「大きな大会で成績を残す」「プロ選手になって活躍する」などを目的とした競争の場でもありながら、それだけでなく、一般の人が純粋に楽しむスポーツとしてどれだけ愛され親しまれてきたか、というところが主人公の心境変化にとっても物語にとっても重要な要素となっている。

 青井夏海著『あかつき球団事務所へようこそ』野球音痴でも楽しめる度:90


続けていよいよ野球音痴には少し難易度の高い小説を取り上げたい。

普段小説を読むために調べものなどしない私だが、ここから先は、私と同じ野球音痴仲間のみなさんのガイド役を務めるためにできる限り調べながら読み、ここが分かれば楽しめる、これは分からなくても可、などのポイントも書いてみた。

島田荘司著『最後の一球』

これは名探偵「御手洗潔(みたらい・きよし)」の登場するシリーズのうちの一作である。

しかし、御手洗がまったく活躍しないのだ。とある変わった相談を受け、少し話を聞いただけで、御手洗は「これは残念ながら自分にはもはや手の施しようがない事例ではないか」と推測し、それを確かめるために出向いて行く。そして、果たしてこれは自分には解決できない、と諦め、「被害者」予備軍の人に妙な気休めのおまじないじみたことまでして帰ってくる。

しかし、名探偵が何もできず、無力なまま帰ってきたにも関わらず、その「事件」は勝手に解決されてしまうのだ。名探偵もびっくりだ。ここまででページ数にして全体の四分の一ほど。

その後、ある野球選手の半生が一人称で語られ始める。読者はさっきまで名探偵御手洗潔も呆気にとられていた事件とこの人と、何の関係があるのか、さっぱり分からない。分からないまま読み進むのだが、この選手の野球人生が、読ませる。少年時代から野球が好きだったが、単純な憧れ、ヒーロー願望のようなものではなく、貧しい中で育った母一人子一人の母親に楽をさせたいがためにプロ野球選手を志したぶん、周囲の子供たちとは本気度が違う。ひたすら野球に打ち込み、人の何倍も何倍も努力して強くなる。しかし高校野球の壁もプロ野球の壁も非常に高く、彼は夢見たような活躍をなかなかすることはできず、多くの挫折を味わう。それでも野球を愛してひた走り、走り抜いた野球人生が描かれる。読むうちに、その選手の野球人生と上述の御手洗潔の事件は何度か接近していたことがわかり、ある時奇跡のようなタイミングで一瞬、交差する。描かれる事件にとっては、その一瞬のための「野球」であり、この選手の「野球人生」なので、「飾りじゃないのよ野球は」的な基準で言うと、(「事件」を主とすれば)野球は「飾り」かもしれない。だがむしろこの一選手の野球人生こそがメインと言ってよい物語だ。飾りが主役の物語。

主人公(と、言ってもいいだろう。御手洗潔は脇役)のとある野球選手が最後の一球にかけた思いこそがこの小説の最重点である。よって、野球をよく知ることはその思いを理解する助けになるが、必須ではないという意味で、野球音痴にもすすめられる小説である。

シリーズの中では、御手洗潔が自分の功績を何ら主張せずに静かに立ち去ることはあれど、これほど活躍しない話も珍しいのではないか(一応、推理はする)。それだけでもちょっと面白いので、御手洗潔シリーズが好きだが本作は読んでいないという人にもおすすめだ。ちなみに御手洗は野球にかなり詳しいらしい。さすがである。だが御手洗がたくさん出てこないと怒り出す人にはまったくすすめない。

島田荘司著『最後の一球』 野球音痴でも楽しめる度:75

 さてここで「野球音痴向けガイド」である。

(この項目は、野球に詳しい、野球音痴が何がわからないかに興味などない、などの人向けではないので注意)

この小説は「事件」と一瞬だけ交差した、「とある選手の野球人生」と、「最後の一球」に込められた思いに大きな比重があり、そこが楽しみどころだと先ほども書いた。よって野球というスポーツの、ゲームとしてのルールは知らなくても十分に楽しめるのだが、日本独自の野球界の決まり事を何となくでも知っていないとやや取り残される感はある。

例えば、「高校野球」「甲子園」「大学野球」「社会人野球」「ドラフト」「プロ野球」などの言葉とそれらの関係は当然の前提として書かれている。

以下、「特に野球好きでなくとも常識だろう」というレベルの知識と思われる方もあろうが、野球音痴のための解説である。高校野球を一度も見たことがない宇宙人にはこれだけ理解するのも非常に骨が折れたと付け加えたい。

*全国の高校の(男子の)野球部が目指す大会が毎年2回あり、それが兵庫県にある「甲子園」で行われる(春と夏に行われ、それぞれスポンサーが違うが開催場所は同じである)。いずれも地区予選を勝ち抜いた学校の野球部だけが出場できる。この大会で活躍した選手にはプロ野球のスカウトから声がかかり、プロ野球球団に入団するというシステムが確立している。
*数はやや減るが、高校卒業時にプロ野球入りせず、大学に入学して野球部に入り、「大学野球」で活躍した選手がその後スカウトされてプロ入りすることもある。
*さらに数は減るが、企業が有する野球チームなど(社会人野球)で活躍した選手がプロ入りする事例もある。
*プロ野球の球団が新人選手と契約するにあたり「ドラフト会議」というものがある。資金力のあるチームが有力選手を独占すると試合がつまらなくなるので選手との交渉権を公平に分配するためのシステムらしい。各球団が、契約したい選手に順位をつけて指名する。当初は指名外だった選手が契約に至ることもある。

以上まとめると、名門と言われる野球部のある高校に入学し、高校野球で大活躍の後、プロ野球入りという道が、プロ野球選手のとっての「王道」であるという予備知識はあったほうが話がわかりやすい。また、プロ野球選手になること、さらにそこで活躍することがどれほどの「狭き門」か、を承知していた方が本作における「とある選手」の半生に込められたものはスムーズに理解できる。

その他、よくわからなくて調べて解決した点を挙げておく。

プロ野球には「一軍」「二軍」というものがある。選ばれた主力選手が「一軍」、一軍の控えのような位置づけの選手たちが「二軍」と呼ばれる。同じ球団に属していても一軍と二軍の扱いは天地ほど違うようである。だが二軍の選手も、一軍の選手に怪我などで欠員が出た時に一軍に昇格したり、二軍のリーグ戦で大活躍をすると一軍入りできたりと、チャンスは与えられている。

野球は1チーム9名で行い、そのうち投手は1名。しかしプロ野球となると試合は連日となり、投手に連投させるのは非常な負担であるので、プロ野球チームは「投手」をたくさん必要とする。投手は選手全体の九分の一ではなく、もっと多い。ということも、よく知らないとピンとこないがそういうものらしい。

投手には様々なタイプがある。とにかく球が速い、カーブ・フォーク・スライダー(これらは途中で曲がったり打席近くで落ちたりする変化球の種類だ)など多くの球種を投げられる、コントロールが良い、など。各球種がそれぞれどれほど習得が難しいか、球速や変化球を投げられること、コントロールの良さがそれぞれどれだけ稀有な能力で、野球にとってどれだけ重要か、など、これら要素の投手にとっての強みの度合いがわかればなお楽しめると思われる(私はさっぱり分からず、ぼんやり推測しながら読んでも十分面白かったが)。

以上、島田荘司著『最後の一球』の研究と野球音痴のためのガイドでした。いやはや、小説を読むのにこれだけ勉強したのは初めてかもしれない。知恵熱というのがあるらしいが、野球熱が出てきたようだ。

野球推理小説シリーズ、来週は天藤真著『鈍い球音』の研究と野球音痴のためのガイドをお届けします。


「猫丸の虚構研究」またしても野球のお話、いかがでしたでしょうか。次回も野球の話が続きます、どうぞお楽しみに!

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