悪魔談(1)

悪魔談1

ここに入る者よ。すべての望みを捨てなさい。
( ダンテ神曲「地獄門」に刻まれた言葉 )
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13日の金曜日。ホラー映画のタイトルにさえなっているこの日付と曜日の組みあわせは、キリスト教徒が最も忌み嫌うことで有名である。この組み合わせがなぜ不吉なのか。「キリストが13日の金曜日に処刑された」という説、「キリスト最後の晩餐に13人いた」という説、「13」という数字がユダヤ教以前から忌み嫌われ、「不吉な数字13とキリスト処刑の金曜日が重なった」という説。じつに様々である。……が、ここでその是非を論じる気はないし、その知識もない。ぼくが語ろうとするのは、極めて個人的な体験に基づく「悪魔談」である。
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中学2年生14歳のとき、隣のクラスに好きな娘がいた。彼女もぼくのことがまんざらでもない、いや「好きと言ってくれそうな気がする」とぼくは密かに思っていた。もちろん理由はある。それから45年が経過したいまではとても話す気にはなれないというか、じつにたわいないローティーン的理由だが、当時のぼくであれば、少なくとも順々に指を折って5本ぐらいはすらすらとその理由を挙げることができた。要するに我々は、ぼくがその気にさえなれば、彼女・彼氏の関係に発展することができたのだ。にもかかわらずぼくはそうしなかった。
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その理由は、ローティーンにしては若干複雑かもしれない。ぼくは彼女を好きだったが、その一方でまた彼女を怖れていた。かわいい子だったし、頭はきれたし、ほっそりとしたスレンダーな子だったし、髪は漆黒のロン毛だったし、じつに申し分なくぼくの好みだった。……が、「うっかりと彼女にしようものなら、振り回されてしまうかも」という一種の危険信号をありありと感じさせる子だった。
「彼女」と呼べるような女子を持ってみたい、デートのひとつもしてみたい、あわよくば……という欲求は年齢的生理的にふんだんにあったが、そうした時期、ローティーンの「少年でもない、青年でもない」という中途半端な時期の男は、じつは自分がいかに繊細で傷つきやすいブロークンハートの持ち主であるかということも直感的によく知っている。失敗例や自爆例は周囲に満ち満ちていた。失意の涙にくれる友人の肩を優しくたたきながら「女ってヤツは……」と思うような事例は日常的に発生していた。
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さて話を少し戻そう。ぼくが好きだったその娘の場合、なにがどう危険だったのか。簡単に言えば、彼女は並外れた霊感を持っている娘であり、両親が敬虔なカトリック教徒であり、その両親に対する一種異常な反感から「隠れルシファン」を自認し、なにやら奇妙な儀式を密かに単独で実行しているらしい。……そういう娘だった。
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「隠れルシファン」……こんな言葉はない。彼女の造語である。悪魔の別名はルシファー。これはあなたもオカルト映画や怪奇小説で聞いたことがあるかもしれない。彼女は「ルシファーのファン」という意味からルシファンという造語をつくったのだ。その上にくっついた「隠れ」については説明するまでもないだろう。本日のように13日の金曜日が来ると、彼女は嬉々としてぼくの前にやってきて、他の生徒には聞こえないように耳元でささやいた。
「ハッピールシファンデイ!」
そのときに彼女がぼくの耳元でささやいた声、ちょっとかすれ気味で微妙に笑いを含んだ低い声は、いまでもよく覚えている。多くの男子生徒たちはそんなぼくたちの様子を目の当たりにして、当然ながら妬いた。「チッ、あの娘をものにしやがったぜ」と彼らは思った。かくしてぼくは孤立無援。まったく余計な侮蔑、反感、嫉妬……そのようなものをクラス中の男子たちから山ほど受ける羽目となった。彼女はそれを知って密かに微笑んでいたに違いない。要するにそういう「病んだ娘」だったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・( つづく )


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