悪魔談(4)

悪魔談4-3

悪魔なのか天使なのか、それはわからない。
女はどこで天使が始まりどこで悪魔が始まるのか、それさえもわからない。
(ハインリッヒ・ハイネ)
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ルシファンは早熟な娘だった。彼女は14歳にして小説を書き、小説家を目指していた。完成した小説作品を見せてくれたことはついになかったが、そのテーマ(……と彼女は言っていた)を話してくれたことはある。「悪魔召喚の失敗を繰り返すことで、人間的に成長してゆく青年の話」なんだそうである。「悪魔召喚を繰り返すような男が、人間的に成長できるのか」と当時のぼくは思ったが、もちろん黙っていた。
小説家になりたいという志望動機がまたじつに彼女らしかった。つまり悪魔的だった。
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「ひとりの小説家が生まれたら、その足許に66人のしかばね」と彼女は言った。なにやら古い時代のタロットカードにありそうな絵柄ではある。一人の男がペンを振りかざして仁王立ちになっており、後光が差している。その周囲には祝福の天使たちが舞い、男の偉業をたたえている。彼は小説家として成功し、名声を得たのだ。しかしその足許を見ると、苦悶の表情で憤死した死者たちが累々と横たわっている。
これは格言なのかそうでもないのか、よく知らない。まあこれが格言であったとして、彼女はこの格言を好み、しばしば口にした。なぜ66人もしかばねなのか。なぜ66人なのか。不本意にも小説ネタの犠牲になってしまった人々の数なんだろうか。当時から疑問だった。何度か聞こうと思ったが、結局ぼくは聞かなかった。
いまこの歳になってなつかしく当時のことを思い出すにつれ、「聞いておけば良かった」とか、「聞けばきっと面白い(あるいはブラックな)返答があったのにちがいないというのに、なぜ聞かなかったのか」という愚にもつかない後悔がある。しかし当時は当時で、「彼女にどう対抗していったらいいのか」という当面の難問につき、ぼくは日夜悩まされていた。当時の細かい選択肢が積もり積もった結果、いまこの瞬間のぼくがここにこうして存在し、この文章を書いている。……そう思うことにしたい。
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ともあれ小説家を目指す理由にもじつに様々な理由があるだろうと思うが、彼女の場合は「66人をしかばねにしたいから」というちょっと変わった……いや大変に変わった動機だった。真っ先にしかばねにしてしまいたいのは、たぶん彼女の両親だろう。
「悪魔と同じ」と彼女はよく言っていた。「……存在自体がすでに悪」
なぜそこまで両親を嫌っていたのか、結局わからなかった。彼女がこよなく愛する悪魔と同じなら、もっと愛されたっていいじゃないかという皮肉な考えもできる。しかし絶対的な「神の敵対者」は悪魔だけに命じられた宿命的な役割であり、悪魔以外の中途半端な人間の悪など、彼女にとっては嫌悪以外の何者でもなかったのかもしれない。彼女はその理由を話さなかったし、むしろ隠していた。ただ嫌悪感だけはむき出しにした。「豚に食われてしまえばいい」としばしば言い、なぜそれがオオカミでもライオンでもなく豚なのか、ぼくにはよくわからなかった。悪魔関係の表現で「豚にでも食われてしまうがいい」という最大級の侮蔑でもあるのかもしれない。
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かように早熟で、霊感が強くて、ぼくには見えないものを日常的に見ていて、作文も絵もぼくよりも数段上の小説家志望の娘など、いかにかわいらしくとも「百害あって一利なし」で、つきあっていいことなんかひとつもないことは、当時からよくわかっていた。にもかかわらずぼくは「つかず離れず」で、ついうっかりと夢中になりそうになったら警戒して離れ、しかしまた会いに行った。会わずにはおれなかった。理由は明白だった。
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ルシファンは14歳という年齢のぼくの性欲をもてあそんでいたように思う。それから46年という歳月が経過し、彼女がすでに天に(あるいは願いかなって悪魔に)召されてしまったいま、こんな話をするのもどうかとは思うのだが、「ここまで歳月が経過してしまったからこそ、まあ書いてしまってもいいだろう」といった思いもある。いずれにしても「この話を書いてしまいたい」という欲求を制止できない。
「小説を書くために知りたい」という理由で、彼女はじつに様々な質問をぼくにぶつけてきた。彼女におけるその行為は「返答を知りたい」というよりもむしろ、返答に窮したぼくの表情をじっと観察して楽しんでいるようなところがあった。
「男の人はどうして女のあそこを見たいの?」
「あそこって?」
彼女はくっつけていた膝小僧を少し開いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(つづく)