魔の病室(1)

……………………魔の病室-1

7歳のときに、大きな病院に入院していた時期があった。工事現場に侵入して頭頂部に大怪我をし、頭に6針の手術となった。手術の後も様々な検査が延々と続く毎日だった。2週間ほど入院した時点でもう本当にウンザリし、「まだ出られないの?」と看護婦さんに聞いた。しかし「……もう少し我慢ね」といった返事だった。
眉毛から上はグルグル巻の包帯頭で、たまに襲ってくる強烈な頭痛におびえつつも、首から下はなんの問題もない普通の7歳少年だった。一日中ベッドの上にじっとしていられるはずがない。かくしてぼくは看護婦さん泣かせの病室不在少年となった。あちこちの病室を覗いて回ったが、どの部屋にも大して面白いものはなかった。ベッドと、そのベッドの上で生活している元気のない人々ばかりだった。
あぐねた看護婦さんたちは、ぼくのことを相談したのだろう。彼女たちは買収作戦に出た。板チョコをパキッと割って一山だけになったものを薬包紙で包んでぼくに見せた。
「夕方までちゃんとお部屋にいたら、晩御飯の後でこれをあげる。先生には絶対に内緒よ」
もちろんぼくは即座に同意した。かくしてぼくは毎日の夕食の後で、じつにささやかなデザート薬包紙を獲得するようになった。
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看護婦さんたちには、当番・非番がある。超多忙な彼女たちの中には、ついうっかりと約束を忘れてしまう人もいた。ぼくにとっては誠に憂慮すべき事態はしばしば訪れた。夕食の膳が下げられてから1時間ほど待ち、いよいよ「忘れちゃってる」という悲しい結論になってしまった時は、もう15分ほど様子を見てから、出動した。ナースステーションに行ったのである。
そのようにしてたびたびナースステーションに出向き、「約束の……」と苦情を述べる機会を繰り返しているうちに、ナースステーションの秘密を発見した。そこには彼女たちだけが共有する秘密の小箱が冷蔵庫にあるらしかった。中にはキャラメルやチョコレートが入っているらしい。約束を忘れていた看護婦さんの中には「ごめんね」と謝りつつ、その小箱を開けてキャラメルを1個、追加してくれる人もいた。ぼくは狂喜した。
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かくしてぼくは病棟徘徊少年から、ナースステーション常連少年となった。褒美をもらってからも、しばらくはそのあたりをウロウロと歩き、なかなか自分の病室へは戻らなかった。彼女たちの雑談に興味を持つようになり、ステーション脇の廊下に設置された長椅子にずっと座っていたりした。じつはそこは一種の死角であり、ぼくはそれを知っていた。背の低いぼくが座っていても、彼女たちからは見えない場所だった。ぼくはその場所が気にいっただけでなく、より発見されにくいように長椅子を毎日少しずつずらし、ついには1mほど移動させたりした。
こうしてぼくはその場所に座り、看護婦さんたちの会話に耳を澄ませている時間が多くなった。近くを通りかかった先生に不審に思われないように、カモフラージュ用の大きな絵本までちゃんと持参していた。
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あるとき、若い看護婦さんの声がした。
「……ね、もうそろそろ開けてもいいんじゃない。4日、たったわよ」
そのときナースステーションには5人ほどの看護婦さんがいてあれこれ会話していたが、みな一斉に沈黙した。その一種気まずい雰囲気は、7歳の少年にもありありと察知できた。
ぼくは息を殺すようにして耳を澄ました。別の看護婦さんが、低い声で言った。
「……まだ、いるような気がする」
………………………………………………( つづく )