魔の病室(2)

…………………魔の病室2

いまのぼくであれば、看護婦さんたちのこの会話を聞けば「……ははあ」とある程度推察がつく。しかし7歳の少年には、なんのことやらさっぱりわからなかった。そこに詰めていた看護婦さんたちの、一斉の沈黙。この一種異様な雰囲気が意味するものはなにか。束縛だらけの退屈な日常生活で時間も体力も持てあましている少年にとってはこれは紛れもなく一大事件であり、病院から一歩も外に出られないという鬱憤をはらす絶好の機会だった。ぼくは両手をこすり合わせるような気分で喜んだ。なにやら不穏な空気だ。問題の部屋があるらしい。そこでなにかが起こって4日間が経過し、「そろそろ開けてもいいのじゃないか」と提案する看護婦さんがいて、「まだ、いるような気がする」という謎の反対意見。いったいなにがいるというのか。

ぼくは提案した若い看護婦さんが好きだった。理由は単純明快で、ぼくを見かけた時はいつも素敵な笑顔だったし、薬包紙チョコも必ず届けてくれた。逆に反対した中年看護婦さんは嫌いだった。ぼくの体重の4倍ぐらいはあるだろうという巨大な看護婦さんで、少し歩き回るだけでハアハアとせわしない呼吸をし、いつもなにかしら不機嫌で、いつも薬包紙チョコを忘れた。巨体も呼吸も態度も、まあ許せる範囲だった。しかし2度も3度も約束を守らなかったことは絶対に許せなかった。ぼくは意味も分からず若い看護婦さんを全面的に支持した。「そうだ! 開けるべきだ!」と廊下でコブシを握った。

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問題の部屋は、鍵のかかっている部屋らしい。ということは、中に入院患者がいないということだ。

「……だったら、見つけるのはわりと簡単」とぼくは思った。病室のドア脇にはネームプレートがあり、その部屋に入院中の患者の名前が書いてある。ネームプレートを順に調べていけば、空室になっている部屋などすぐにわかるはずだ。

翌日からさっそく調査を開始した。入院病棟の廊下は常に墓場のように静かなわけではない。1日のうちに何回か少々騒がしい時間帯がある。何人かのインターン生を引き連れた医者が来たり、食事の配膳だったり、家族で見舞いに来た人たちがいたり、そういう時間だ。そういう時間を狙って廊下に出た。何人かの看護婦さんに見られたが、もうお構いなしだった。薬包紙チョコ1個のために部屋でおとなしくしているような生活は、もう終りだ。こっちの方がよほど面白い。

「たぶんココだ」という部屋はすぐに見つかった。

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その病室は、ごく普通の4人部屋だった。ネームプレートは4つとも空欄。しかしそのうちの3つには記入なしの白いプラスチック板がはめこんであったが、ひとつだけ板がない。つい最近、この部屋を出た人がいるのだろう。左右の部屋を見たが、どの部屋にも入院患者が2人とか3人とか入っていた。そのような余裕のない状況で、使われていない病室がひとつだけ。やはり変だ。

機会を待った。今度は廊下にだれもいない時を狙った。部屋の前を通過するようなフリをして歩いていき、前後に人の気配がないことを確認して、さっとドアに近づいた。やはり鍵がかかっていた。その翌日、時間帯を変えて試してみた。やはりだめだ。若い看護婦さんが「4日、たったわよ」と言ってから、さらに2日が経過していた。6日目で、まだ開いていなかった。なんとかしてこの謎を知りたい。どうするか。思いきって若い看護婦さんに聞いてみようか。……この「あたってくだけろ」作戦も頭をかすめたが、自分で首を横にふった。バカかおまえ、こんな子供に話してくれるはずねぇじゃん。

ベッドに座ってぼんやりと悩んでいると、ガラガラと金属質の音が近づいてきた。日常的に聞き慣れた音だった。その瞬間にひらめいた。ぼくは勢いよくカーテンを開いた。ちょっと驚いた顔つきで立っていたのは、いつも食事の配膳をしてくれるおばさんだった。

…………………………………………( 次回最終回 )