魔の貸家(2)

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絵筆を置き、コールマンのアウトドア懐中電灯を点検した。玄関の上がりかまちに座ってコンバース・ハイカットのヒモを入念に結びながら、ふと思った。ぼくはいったいなにがしたいのか。夜中に墓場を探索に行って、なにが得られるというのか。……火の玉を確認?……そんなものを確認してどうだというのか。
理性と好奇心の狭間でふと自分を見つめて苦笑するような気分だった。右手にしっかりと握ったコールマンを膝の上に置いたまま、コンバースのヒモを見つめてしばらく悩んだ。……が、決意してドアを開けた。理屈じゃない。とにかく確認したいものがすぐそこにある。なので見に行く。ぼくの人生なんてそれでいいじゃないか。どうせ大した人生じゃない。
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コールマンを握った右手の親指は、スイッチに軽く触れてスタンバイしていた。しかし点灯はしなかった。この墓場はわが家の前庭である。どこにどのような墓石があるか精通している。
玄関を出て墓地に入ると、しばらく立ち止まって周囲を見回した。……いつも思うのだが、ただひとり暗闇に立ち、目が次第にその状況に慣れてくる頃、日常的な感覚とは違う感覚にスイッチがカチリと入る。極めて原始的野性的本能的なスイッチだ。視覚が暗視態勢になる。夜露の匂いを感じた嗅覚が、本来の鋭敏さを取り戻す。あらゆる感覚が一斉にザワッと起動し、自分の身を守るべく総動員で臨戦体制に入る。
「……確かあのあたり」
目星をつけて歩いていったそのときだった。暗闇がスッと立ち上がったように見えた。
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あまり大袈裟な表現をするのもどうかと思うが、このときのぼくの恐怖を想像していただきたい。例によって「たぶんなにも発見できない」と予想しつつ、その一方でぼくは淡い期待を抱いていた。「闇に浮かぶ火の玉を拝めるかも」という少年のような好奇心があり、「いつまでそんな期待をしてんだか。救いがたい男だ」という冷笑的な気分もあった。いずれにしても、火の玉程度のものが出るか出ないかというレベルの期待で出てきたに過ぎない。「草葉の陰」といういかにもじっとりと湿った感じの和風な言葉があるが、そのあたりの闇を注視するつもりが、いきなりなにかがスッと音もなく立ち上がったのだ。声も出なかった。その場でたちすくみ、闇に目をこらした。動転のあまり、手にしていたコールマンのことさえ忘れていた。
ところがぼくのこの行動は、相手にも恐怖感を与えてしまったようだった。
「あの……生きた人ですか?」
女性の声だった。
……………………………………………(つづく・次回最終回)