魔のバイト(1)

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「魔の踏切」でも少し触れているが、大学生時代、ぼくは男子寮に住んでいた。そこは全国から集まった極貧学生の巣窟とでもいうべき建物で、大学の学生課もそのあたりのことは十分に承知していたから、大学に来たアルバイト募集の情報は、なにはともあれまずは男子寮に電話で伝えてきた。談話室にあった男子寮唯一の黒電話はもちろんダイヤル式で、「緊急時以外、外部にかけるべからず」という張り紙の下に鎮座していた。その「緊急時」という文字が1本の縦線で乱暴に否定され、ヘタクソな文字で「本番」と脇に書いてあった。
ニヤッと笑ってなんとなく理解した人はまあいいとして、さっぱり理解できなかった人には、誠に申し訳ないが、ここではその説明は割愛しておく。「魔談」の品格を落としたくない。本題に入りたい。

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さて黒電話が鳴ったとき、談話室には数人の男たちがタムロしていたが、みな一斉に飛び上がった。ぼくも飛び上がった。それほど大きなジリリンという音であり、飛び上がった直後はみな口々に「◯◯◯◯がちぢみあがったぜ」などの悪態をついていながら、誰も「ジリリン」の音量を下げようとは言い出さない。そもそもそんなことができるのかどうかさえ調べようとしない。そうした一種の大らかさ、いい加減さ、どうでもよすぎ……そういうアバウト空気がまさに男子寮であった。
受話器をとってふむふむと用件を聞いた寮生は「おいっ」と下級生を呼びつけて「メモの用意をしろっ」と大声で叫び、その様子を見た他の寮生たちは「なんかバイトの口があるらしいな」と期待して一斉にどよめいた。平和な時代の、平和な極貧男子寮の1コマだった。しかしどよめきの割には、国立の教育大学男子学生に打診してきたアルバイトなんて、そうそう面白い用件があるはずがない。塾の講師募集、だれそれの講演会スタッフ、選挙運動事務所の電話連絡係……まあ通常はその類のものばかりだった。

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ところが、この日の用件は違った。埼玉県の神社祭りに出店するお化け屋敷のスタッフ募集、ということらしい。談話室は再びどよめいた。
「……でもさあ」1人が不安げな声を発した。「バイト代、ちゃんと払ってくれんの?……なんか安そうな話だよね」
学生課からの連絡ではその点がはっきりしていなかった。
「ちょっ!」とひとりが舌打した。会津から来たこの男はいつもなにか気に入らないことがあると、独特の甲高い声で「ちょっ!」と舌打した。「……学生課もホント気が利かねえヤツばっかだぜ。肝心の点がわからねえで、どうすんだよ!」
ぼくもじつにその点は同感だった。しかし先方は「面接に来い」と要求しているらしい。来ないと金額は明示しないという腹なのだろう。
「それでも行ってみたいというヤツは?」
最初に受話器をとった寮生が怒鳴った。ぼくは手を上げたが、驚いたことに手を上げたのはぼくだけだった。
………………………………………………(つづく)


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