魔のバイト(2)

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会津から来た男は「会津藩」と呼ばれていた。だれがつけたあだ名なのか知らないが、本人もまんざらではない様子で、たぶん郷土愛の強い男だったのだろう。じつはぼくはこの男が苦手だった。ジブリアニメ「平成狸合戦ぽんぽこ」に出てくるタヌキは人間に化けようとして笑いを誘うが、会津藩の場合はキツネだった。「キツネが人に化けたらきっとこうだ」と思わせるような独特の風貌だった。鋭利なナイフでキャンバスをスパッと切ったような細い目は、いかにも狡猾そうに光っていた。口元の細い信長ヒゲも、先細りのショボいアゴヒゲも、いかにもキツネが「ちょっと偉そうな人間」に化けたくてくっつけているとしか思えないような付属物だった。
この会津藩が手を挙げた。
「北野ひとりじゃ不安だからさ、オレも行ってやるよ」

どっと気が重くなった。「うわっ。コイツと一緒に行くのか」と思った。会津藩はぼくよりも1学年上の先輩で、この男は後輩をアゴで使うようなところがあった。しかも行く気になったのならそうとだけ言えばいいものを、「北野ひとりじゃ不安だから」とは恐れいる。

数人の寮生が同情してぼくを見た。いまのぼくだったら、遠慮なくこの時点で降りるだろう。理由は述べず、「急に行く気分が失せました」とでも言ってさっさと降りてしまうだろう。しかし22歳のぼくはそうしなかった。前途多難が予想されたが、それでも「お化け屋敷バイト」の魅力が優った。

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我々はその数日後に、電車に乗って埼玉県の神社に行った。お祭りの前日、朝の9時に現地に来いという指示だった。「2泊のつもりで来てほしい」という連絡がありながら、やはり時給は明示されなかった。当然ながら学生課はその点を質問した。すると「実際に会ってから相談したい」という返事だった。

会津藩はこれを聞いて怒りまくった。2回続けて「ちょっ!」「ちょっ!」と舌打ちし、「学生と思ってなめてやがる!」と吠えた。「降りるか」と一瞬期待したが、吠えまくった割には、朝になってちゃんと用意して出てきた。我々は余裕を見て朝の7時に男子寮を出た。

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もちろんぼくも雇い主のこの態度には腹を立てていた。いい時給を示すとは思えず、不安もあった。「最悪の場合はヤっちゃんみたいなのが出てくるかも」と思っていた。ともかく時給を聞いて「こりゃ奴隷レベルだわ」と判断したときは、その場でさっさと背を向けて帰るつもりだった。それぐらいの覚悟はしていた。
ところが出てきた中年男は背の低いスキンヘッドの小太り男で、少年のように頬が赤く、「いつもニコニコと笑みを絶やさない」といった風情の柔和な男だった。
「じつは我々の本業は劇団でしてね」と彼は言った。面接の途中で彼に来客を告げに来た男は「座長」と彼を呼んだ。

彼の説明によれば、劇団の興業収益だけでは到底食っていけないので、年に数回、「お化け屋敷」をやって稼ぐらしい。なんのことはない仕事自体が雇い主のバイトだった。我々はバイトのバイトというわけだ。世の中には色んな副業があるものだと感心した。大工の心得がある劇団員がおり、その男が言い出した案らしい。試しに半年かけて用意し、ある夏にやってみたところ、たった4日間で32万円を稼いだという。1回の入場料は400円なので、のべ800人・1日につき200人が入場した計算になる。

「残念ながら」と座長は言った。「……我々の本業ではこうはいかない」
ともあれその副業でときどき稼いできたのだが、今年は劇団員の中で体調を崩してしまった人が3人もおり、その副業さえ困難になってきた。
「そこでやむなくアルバイト募集にふみきったわけです」と座長は言った。時給600円。1日8時間の拘束と考えて4800円。交通費は出せないけれども、これに追加して200円。早い話が日給5000円で、3日間がんばってほしいという条件だった。……で、なにをするのか。座長は会津藩を見て言った。
「君は妖怪役がいい」
ぼくはこれを聞いて不覚にも爆笑してしまった。
……………………………………………(つづく)