魔のバイト(3)

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会津藩の役回りは、有無を言わせずその場で妖怪役と決まった。チラッと見ると、明らかに不満そうな横顔だ。さすがに例の「ちょっ!」が出るとは思わなかったが、「きっとなんか言うぞ」と期待した。ところがなにも言わなかった。いつも寮内でやたらウルサイ「上から目線男」が黙って応じている。意外だった。普段は見せない彼の一面を垣間見たような気がした。
「さて君だが……」
座長はぼくの方を見た。なぜかすぐには役を与えず、あれこれと質問してきた。……大学ではなにを専攻しているのか。好きな文学者は誰か。好きな映画俳優は誰か。なぜその男優が好きなのか。などなど。
いくつかの質問に答えている間に、彼がとりわけ興味を示したのは、ぼくが「絵を描く人間」だということだった。妖怪会津藩を別の男に預け、座長はぼくを外に連れ出した。足場の上で作業していた数人の男たちに命じて青いビニールシートを一部外し、その下の看板を見せた。ドロドロした気味の悪い悪趣味タッチでろくろ首の着物女が描かれていた。
「どう思う?」
この座長に遠慮は無用だろうと思ったので、感じたことをそのままズケズケと言った。……ろくろ首はヘビのように首が胴体を離れてクネクネと動く。もうそれだけで十分に怖い。なのでその顔面をお岩さんのようにことさらに醜い顔にする必要などない。二重三重に怖い仕掛けなどせずとも、シンプルな仕掛けひとつで十分のように思う。……そのような意見を述べた。
いまぼくは60歳だが、その歳でこの時の自分の発言を改めて検証しても、まあ妥当な意見のように思われる。描かれていた看板のろくろ首はあらかた忘れてしまったが、ただれた顔といい、口の縁から垂らした血といい、その顔面を見ただけで目を背けてしまい、肝心の長い首には気がつかないようなオゾマシイ絵だった。
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座長は何度も深くうなずきつつぼくの意見を聞いていた。彼はたぶんぼくの遠慮会釈ない意見に好感を持ったのだろう。もう一度部屋に戻ってから言った。
「じつは雇う予定は、一人だった」
これには驚いた。「ぼくはこのまま帰るのか」と一瞬思った。
ところがそうではなかった。座長は説明した。彼は会津藩だけを雇って、ぼくは帰してしまおうと一旦決めた。しかし彼のなにかがそれを止めた。余分に報酬を支払う余裕などなかったが、「コイツにもなにか面白い役を与えたい」と思った。そこであれこれ質問して時間を稼ぎ、人物を観察しながらその役回りを模索した。さらに外に連れ出して看板を見せ、意見を求め、それらを総合してその場で奇妙な役を思いついた。
「君は忍者みたいに上も下も黒い服を着て、お化け屋敷の中を自由に歩き回ってくれ」
これには面食らった。
「歩き回ってどうするのです?」
「どうもしない」と座長は言った。「中にいる客を、ただすぐ脇に立ってじっと見ている。それだけでいい」
「それがなんの役に立つのです?」
「さあそれはわからんが……」彼は笑いながら言った。「ただドーンと出てきて客をギャーッとびっくりさせるお化けだけじゃなくて、なんというか、いつのまにか脇にいて、黙って立っている。そういうお化けがいてもいいんじゃないか」
ぼくはそれを聞いて笑ったが、内心では驚いていた。……小学生時代。ぼくはあまりにも無口で静かな少年だったので、「あんたオバケみたいに静かな子ね」と親戚のおばさんに笑われたことを思い出したのだ。いい思い出ではなかった。
……………………………………(つづく/次回最終回)