魔の階(1)

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大学を卒業して、すぐに東京の広告代理店に入社した。4月、5月、6月と3ヶ月間の見習いアルバイト期間を経て、特に問題がなければ7月1日付で正社員として採用という契約だった。……なので正確に言えば「すぐに入社した」ということにはならない。しかし実際は見習い期間は4月の1ヶ月間だけで、5月1日付でさっさと正社員になった。ぼくが優秀であった、ということではなく、じつはその時期、会社はかつてないプレゼンテーション・ラッシュに見舞われていたのだ。
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同期で入社した7人(男5・女2)の中で、ぼくは2番目に「トークができる」という評価だった。この場合の「トーク」とは、クライアント(広告主)が居並ぶプレゼンテーションの席で「ある程度堂々と話ができる」という意味である。そうした社内評価につきぼくの方は特に興味はなかったが、「トークはコイツが1番」と評価されている同期Aの方が、ぼくを激しく意識した。Aはなにかにつけぼくがいない席で「北野は本音を言わない」とか「北野はイメージが暗い」といった発言をした。いささか閉口だった。Aは競争意識の異常に高いタイプだったのかもしれない。自分がずっとトップでいるために、早い時期からセカンドを叩いておこうという魂胆だったのかもしれない。……ともあれ、Aが「頻繁に同僚の悪口を言っている」という話が社長の耳に入った。社長はAを社長室に呼びつけて確認した上で、「君はどうも性格に問題があるようだ」と伝えた。正社員昇格予定を5月1日から7月1日に延ばした。Aは自爆したのだ。彼はその1週間後に会社を辞めた。

とんでもない事態になった。「制作部デザイナーは私服でいい。朝に会社に入ったら、ずっと机に向かってラフを描いたり版下を点検したりするだけでいいから楽だ」と聞いていた。実際は真逆だった。ぼくは毎日トラッドスーツにネクタイ、アタッシュケースというナリで出社することを要求された。ほぼ毎週のようにプレゼンテーションがあり、ほぼ毎日、その打ち合わせで社外に出た。「これじゃ営業と変わらない」という不満はしばらくして「これじゃ営業よりキツイ」になった。
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いまあなたはもしかすると「この話がどう魔談になって行くんだ」といぶかしく思われているかもしれない。もちろんこの話は魔談につながってゆく。ではなぜさっさと「魔」的な話をしないのかというと、まずその第1段階として、その時代のぼくは「日常的に慢性的に激しく疲れていた」ということが言いたかったのだ。限界に近かった。しかし社内の雰囲気としては、とても「仕事を減らしてくれ」とは言えなかった。
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6月下旬。蒸し暑い日の午後10時ごろだった。ぼくは新宿の高層ビル30数階に入っているクライアントと打ち合わせを済ませ、エレベーターに入った。1階のボタンを押し、ドアがパシャーンと閉まった瞬間に緊張が抜けたのか、軽い目眩を感じた。
「……まずい」
こんなところで転倒でもして騒ぎを起こしたら、クライアントからは大ヒンシュクだ。背後の壁にドンと持たれ、アタッシュケースを床に置き、ネクタイを緩めようとした。ふと額に手を当てると、汗ぐっしょりだった。
「本当にもう、ぼくは限界かもしれない」と思った。
………………………………………………( つづく )