魔の冬山(1)

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登山が女性の間でブームである。この7~8年のあいだに一気にブームの波に乗ったような気がする。なにを根拠にしてそう言ってるのかというと、時々楽しみにして寄ってきた登山用品店が急にファッショナブルになった。これには驚いた。馴染みの地味な本屋がいきなりスタバつきのスタイリッシュな書店に変貌してしまったような驚きだった。客層も変化した。ハイヒールをはいた「いかにもお勤め帰りOL」風情の若い女性が数人であれこれはしゃぎながら、モンベルの登山靴を物色している。そうした変化がぼくの実感としては、「この7~8年のあいだに一気に」というイメージだからだ。10年前にはちょっと考えられなかった光景だ。

10年前と言えば2006年で、2006年12月初旬、ぼくは穂高山中にいた。
「そんな寒い時期に、そんな高山にわざわざ登らんでも」とはよく言われる。確かにそのとおり。全く異論はない。しかし極寒を楽しみにして冬山に行く人はいない。寒いのは覚悟の上であって、その殺人的な寒さを覚悟しても、冬山に魅せられてしまった男たちがいる。
とはいえぼくもエラそうなことを言うつもりはない。ぼくが冬山にトライしたのは40代後半の2回と50歳の1回だけで、その3回とも経験不足から肝を冷やすような思いをし、予定していた登山ルートは「現在位置不明」やら「雪崩による通行不能」やらが原因で変更につぐ変更。「命からがら逃げて降りてきた」というのが正直なところだ。ちょうど10年前の50歳のときにトライしたのが最後であり、もう行く気はない。

しかし寒風の中を単車で走っているとき、あるいは信号待ちで停車してふと遠くの山脈を眺めその連なりが白く変化しているのを見たとき、標高2500mあたりの穂高で目撃した光景や苛酷な記憶が垣間蘇り、まだいくらかは残っているそのときの強烈な感動が胸の奥の方でうずくのがよくわかる。

年内最後の「魔談」3回は、「冬は魔の山」と知りつつそこに魅せられた男たちの話をして今年のエンディングとしたい。

ぼくは登山に魅せられた単独行男だが、じつは穂高しか知らない。「日本全国の高山を踏破!」とかそういうタイプではない。自分でも「よくもまあ飽きもせず」という感じで、春も夏も秋も一番覚悟のいる冬も、穂高ばかり登ってきた。理由は極めて明快で「穂高に飽きない」からだ。「なぜ飽きないのか」という点については、謎というほかない。とにかく飽きないので「他を登ろう」という気にならない。上高地から明神・徳沢園・横尾を経て涸沢カールに至るもっとも知られたアプローチが一番好きで、合計12回登っている。横尾か涸沢(標高2290m)の山小屋で一泊し、翌朝の天候と自分のコンディションで判断して北穂(3190m)まで登るかやめておくか判断する。

「あそこに落ちたらしい」
涸沢から北穂に向かう途中で、3人の男たちとすれ違ったことがある。雪の情報をあれこれ交換している時に、ふとひとりが言った。彼が指差した先は、鋭いナイフでえぐったような谷だった。目を凝らして見たが、なにも確認できなかった。
「もう雪の下だね。氷漬けだよ」
・ぼくはその事故を知らなかった。ゾッとした。
……………………………………………( つづく )

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