走魔灯(1)

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走魔灯。こんな言葉はない。正しくは「走馬灯」である。「まわり灯籠」とも言う。中国渡来であり、日本では江戸時代に登場し、庶民の間で「夏の夜の娯楽」として親しまれてきたらしい。
ともあれ「走魔灯」はぼくが作った言葉の中でも「最もお気に入り」にランクインしている。「百鬼夜行」のように奇怪な魅力に溢れ、様々なイメージを喚起させる言葉であるように思われる。じつはぼくはこの言葉を思いつくことにより、そこから触発されたイメージで実際に走魔灯工作までやっている。今回はその話をしたい。
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そもそも走馬燈をあなたは御存知だろうか。デパートで見かけるような「電動・電球・定速回転・セルロイドスクリーン」といったコンパクトで安全で味気ない商品は、とても走馬灯と呼べるような代物ではない。やはり正しい走馬燈とは、その基本的な動力源がただ1本のロウソクでなければならない。そのゆらゆらと揺れる炎、その炎から立ち昇る一筋の細い黒煙と上昇気流。その上昇気流から動力を得て回転する風車つき円筒形。この「炎・気流・風車」という3要素からなる絶妙のコンビネーションなくしては、走馬灯の風雅はまず成立しないと言って過言ではない。……などと少々偉そうな口をきいてしまったが、どうかお許し願いたい。実際にあれこれ工夫し走馬灯ならぬ「走魔灯」なる奇怪な仕掛を作ろうと四苦八苦した経験がかつてあり、ついつい語りが熱くなってしまったようだ。ここらでひとつコホンと咳払いをして、熱をさますとしよう。

さて上記のような仕掛により、ロウソクは「上昇気流を発生させる」という動力源であると共に、光源としての役割も全うする。ロウソクの周囲を囲む円筒形の油紙には、疾走する馬の姿が切り抜かれている。ロウソクの光はそこを通過し、さらに外側の和紙をスクリーンとして、静かに回転する影絵となる。ロウソク周囲の回転部分は円筒形である必要があるが、その外側は円筒形である必要はない。四角い直方体が一般的だが、いかにも中国発祥というか、やたらゴテゴテと装飾を施した豪華絢爛版六角形なんてのもある。その動力源はなにしろロウソク1本の炎なので、回転はスムーズではない。しばしば停滞し、やがてまたなにかを思い出したようにスルスルと動き始める。そのぼんやりした影絵、そのゆらめく炎のきらめき、その悠々たる行進。絵柄は疾走でも、動きはじつに緩慢な牛歩である。しかしそこにはなにかしら郷愁を誘うものがあり、ただ眺めているだけでじつに様々な思い出が暗闇の底からゆらゆらと浮かび上がってくるような、じわりとした感動がある。……そう、真に走馬灯を心ゆくまで味わうためには、走馬灯以外の光源などないほうがいいのだ。
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ところで「1月の真冬になんで走馬燈の話なんだ」とあなたはいま思っているかもしれない。じつは理由がある。
雪がしんしんと降る夜だった。積雪の重みでときおりギイィッと音を立ててきしむ山小屋の梁(はり)を見上げ、3人の男たちは不安に満ちた目でお互いの表情をチラッと見た。天井が落ちでもしたら、我々の命は風前の灯火だろう。逃げるところなどない。そこは標高2300mだった。
すでに閉鎖された山小屋に逃げ込んだ3人の男たちが、寒気と戦いながらあれこれと雑談を重ねた一夜があった。2人組と単独行男。言うまでもなく単独がぼくである。ふと話題が「走馬灯」になった。

……………………………………………( つづく )

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