走魔灯(2)

………………………走魔灯2

「走馬灯のように……」
あまりにも有名な比喩である。しかしよくよく考えてみると、この比喩はずいぶん特殊な比喩であるようにも思われる。まず奇怪に思うのは、「ある状況」のたとえとして、あたかも定番のように使用されることが多い。おそらく本来はそうではなかったのだろう。たとえば印象的な思い出のシーンを次々に思い浮かべているような状況にも、効果的な比喩として使われていたのかもしれない。
しかしそのうちにこの比喩には、「死」あるいは「臨死」のイメージが深くからんでくるようになった。前者は体験当事者が現世に戻っていない以上、「いまわのきわ」に本当にそのような現象が起きたのかどうか確認できない。後者は極めて特殊な偶発的な状況であり、「希望すればだれでももれなく」というわけにはいかない。一歩まちがえば、とんでもないことになる。極めて偶発的な理由によりまさに正真正銘の「死ぬような思い」をした人のみが「九死に一生を得た」状況で現世に戻り、「じつはこんな出来事が……」と話した時に「それはあたかも走馬灯のように……」とでも表現したのだろうか。いつどこでだれが最初にその比喩を持ち出したのだろう。あれこれ調べてみたが、ついにわからなかった。

かように珍しい状況における珍しい体験をした人のみが伝えてきた特殊な比喩が、ここまで広く一般に定着したのはなぜか。やはりそこには「死」というものに対する人類共通の普遍的なおそれ、またその瞬間における限りない興味が牽引した結果、このような定番比喩が誕生したのかもしれない。
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さて話を少し戻そう。
積雪を気にしつつも、山小屋で一夜を明かすほかない状況だった。疲れ果てた様子で、ぼくの前にいた男性はふたり。白髪やあご髭の感じから見て、ふたりともたぶん60代前半というところか。ひとりは早々に寝袋に入り、片腕と首だけを出した状態で、ぼくの真正面の壁にもたれていた。彼はどうやら酒飲みらしい。180ccのブラックニッカを小さな金属製のフタに注ぎつつ、しきりにチビチビとやっている。軽く小ビンを振ってぼくに見せニヤリと笑い、「やるか?」といった合図を送ってきた。しかし180ccの小ビンから、貴重なウィスキーを分けてもらおうとは思わない。しかも彼が振ったときの小ビンをチラッと見たが、半分も残っていないように見えた。ぼくは軽く手を振って笑い、辞退した。

たぶんウィスキー男はホロホロといい気分で酔いが回ってきたのだろう。連れの男をチラッと見て言った。
「おい、あの話をしてやれよ」
しかし連れの男は……正直、ぼくは最初に見たときから彼のことが気がかりだった。彼は疲労の限界を越え、衰弱に近い状態に接近しつつあるように見えた。がっくりと頭を垂れてうなだれていた。我々の雑談も聞いているのかいないのか、よくわからなかった。……が、ゆるゆると顔をあげてウィスキー男を見た。
「……あれか?」
「うん」とウィスキー男。ぼくを見てニヤッと笑った。「……コイツな、一度な、山で死にかけてやんのよ。例のヤツ、見たらしいのよ」
ウィスキー男はチラッと連れを見た。「まだチョコはあるか?」などと聞いている。連れの状態が気にならないのだろうか。その態度も気になった。
聞かれた男は無表情でザックの中に手を入れ、じつに緩慢な動作でしばらくゴソゴソとやっていたが、黒いパッケージの板チョコを出した。ブラックチョコレートだった。「山に持ってくるチョコレートは、甘いヤツかナッツ入りの方がいいんだけどな」とぼくは思ったが、そんなことを言ってる場合じゃない。ひとりはブラックニッカで、もうひとりはブラックチョコレート。その点も面白く思ったが、そんなことを笑ってる場合じゃない。
チョコレート男はパキッと割って隣の男に与え、さらにパキッと割ってぼくの方を見た。

じつはぼくはアーモンドチョコレートを持っていたし、ブラックチョコレートなどほしくなかったが、応じるフリをして彼に近づいた。チョコレートを受け取るフリをしながら、ふとその時に気がついたように見せかけて彼の手を握った。思ったとおり、氷のように冷たかった。しかも小刻みに震えている。「マジでやばい!」と思った。話なんか聞いてる場合じゃない。まちがいなかった。

……………………………………………( つづく )

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