魔のカーブ(3)

…………………………

「怖くはなかった」
文雄はそう語ったのだが、その心理状態が、じつはぼくにはいまだによく理解できない。「怖くない」はずがないだろうというのが通常の感覚ではないだろうか。留置場にいるはずの勝也が、自分の部屋のドア脇に立っていた。しかもそれは現実の勝也ではないとすぐに察知したというのだ。現実でなければ幽霊ということになり、幽霊ということになれば、勝也はすでに死んでいるということになる。このような奇怪な状況でどうして「怖くない」のか。
「じつはぼくは普段からあれこれ余計なものを見ているので……」

「……そう来たか」とそれを聞いたときにまず思った。人間というのは、本当に色々な種類がある。ある種の人々は日常的に、ウンザリするほどに「余計なもの」を見たり感じたりしながら日々の暮らしを送っているらしい。自分の意思とは関わりなくそういうものをありありと察知する人々というのは、一段進化しているのだろうか。あるいは退化なのか。……興味は尽きないしこれについて持論はあるのだが……ともあれ、いまは話を進めたい。

…………………………………………………**

「……また出たな。だれかと思ったら勝也か。もうそっちの世界に行ったのか。気の早いことだな。……てな感じ」
文雄はそう言って軽く笑った。話の内容も不気味だったが、彼がこのときに見せた一種独特の笑顔……影のある笑みというか、それはどこか投げやりで倦怠感のただよう奇妙な憂鬱な笑みだった……を忘れることができない。
「……で、彼はなにしにそこへ?」
「うん、そこなんだけど……」

それがよくわからないらしい。ぼくのようにそうした「余計なもの」を見たことがない人間にとっては、なんとも歯がゆい話だが、「なぜそこにいるのか?」「なぜそこに現れたのか?」……そのような理由を彼らが語ることは、まずないという。
「自分からそこに来ていながら?」
「うん。……自分からそこに来たのかどうかも、よくわからんけどね」
どうも釈然としない話だ。

…………………………………………………**

ともあれ勝也はそこにいたらしい。文雄は「なにか言いたいのか」と思い、しばし勝也を見つめて待った。しかしそれ以上の進展はなにもなかった。しかたなく文雄は風呂場に行った。
「その夜は、もうそれで終わりだろう。なにも起こらんだろうと思っていた」
ところが、また勝也が出てきた。狭い風呂場の端っこに立って、震えていた。
「震えて?……勝也が?」
「うん」
唖然とするしかなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )
……………………………………………………………………………………………………………