魔のカーブ(4)

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「持論というか、個人的な意見だけど……」と前置きして、文雄は説明した。幽霊あるいはそれに近い状態で彼の前に現れる人間には2種類あるという。「なんとなく現れ、結局なぜ出てきたのか分からない人間」と、「強いメッセージ性を感じる人間」。勝也はまちがいなく後者であるという。しかし強いメッセージ性を感じたとしても、それが正確に伝わってくることはまずない。多くの場合、それは極めて不完全で断片的なものらしい。

「変わった男だな」と思いつつ、ぼくは文雄の語りを黙って聞いている。彼は自分の友人である勝也が幽霊となって出て来た話をしているのだが、現実の勝也に対する心配というか不安というか、そうしたことが全く話題に出てこない。それは「地学をこよなく愛する」という文雄の特質とどこかで繋がっているのだろうか。目の前にある石を一目見て「これは砂岩。特にどうということはない。これは安山岩。ここらではちょっと珍しい」と分析でもするような口調だ。「まずは分析」という話はよくわかるのだが、それにしても話の展開に奇妙に冷徹なものを感じる。「もしぼくが彼の立場だったら……」と思わずにはいられない。留置場にいるはずの勝也が幽霊となって出てきた時点で仰天し、その翌日には現実の彼がどういうことになっているのか、調べる行動に出ると思うのだ。ところが文雄はそうしたことは一切しない。現実での勝也には全く興味がないのだ。彼は自分の前に出てきた勝也にのみ興味を集中させて分析を語ろうとしていた。

ともあれその夜に2回出てきたという事実により、文雄は勝也のメッセージ性に興味を持った。彼が予想したとおり(……そう、彼は予想したのだ)、次の日も勝也は出てきた。そこで文雄はなんとかして勝也メッセージを解読してやろうと決意した。しかしそこには心配や友情といった心情は全くないように思われた。そこにあるのは興味だった。
「まあ、他にできる人はいないわけだし……」と文雄はうすく笑った。ぼくには理解できない種類の微笑だった。

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その夜、勝也はスポーツカーの助手席に女の子を乗せて走っていた。深夜の暴走だった。彼女なのかそうでもないのかよくわからないが、とにかく手を伸ばせば届くところに女の子が座っていた。彼は気分がよい上に、ホロ酔いだった。夜景を見に行こうということになり、山に向って走っていた。
「そういや、この近くでバスの転落事故があったはず」と勝也は言い出した。数日前の悲惨な事故だった。乗客乗員10数人を乗せた夜行バスは、スピードの上げすぎでカーブを曲がりきれなかった。ガードレールを突き破り、10メートルほど下の谷川に転落大破、しかも炎上した。乗客乗員の全員が死亡。

深夜にそんな現場を見てどうするのか。女の子は怯えて反対したが、勝也は聞かなかった。
「馬鹿みたいな死にかたをした可哀想なヤツラじゃん」と彼は言った。「ちょっと寄って慰めてやるだけよ」

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あまりにも具体的な話にアゼンとした。
「本人から聞いたのか?」
「違う」
数日間にわたり勝也から送られてきたメッセージをかき集め、整理し、繋ぎ合わせた「経過」だという。まるで化石の断片を集めて骨格全体を推測するような話だ。そんなことが可能なのか。
「……さあ、どうだろうね」と文雄は笑った。「ぼくには話を作る能力はないし興味もない。しかし断片をかき集めて復元することには興味がある」

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その場所にはロープが張ってあり、「危険・立ち入り禁止」の看板もあった。しかし勝也はロープも看板も無視し、車を事故現場に突っこませた。急ブレーキをかけて停止すると女の子は悲鳴をあげたが、彼にはそれがむしろ愉快だった。ドアを蹴飛ばすようにして外に出ると、真夜中の空気が気持ちよかった。
彼は車の前に行き、ガードレールのない崖から見下ろした。前輪を見ると崖っぷちまで1メートルほどしかない。「やばかったな」と思ったものの、反省の気分などなかった。崖下の闇に向かって吠えたい気分になった。「キャッホー」と奇声をあげ、「バーッキャロー」と吠えた。さらになにか吠えようと思ったその時、彼の声は止まった。崖下の闇になにか動めくものがいるように見えたのだ。彼はそれを凝視した。

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )
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