魔の絵本(4)エドワード・ゴーリー著「優雅に叱責する自転車」

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大人になってからも絵本を楽しんでいる人はあまりいない。教壇に立っていた時にそのように言い、一拍置いて受講生たちの反応を見ていたら、最前列の女性から「子供に絵本を買ってやる楽しみですか?」と質問が出て思わず笑ったことがある。そうではない。「子供のため」とかプレゼントの話ではない。雑誌や小説を買うように、自分のために絵本を買って楽しむことである。
そのように説明すると、それだけでもう「えっ?」と驚く人もいる。絵本は「子供のために買うもの」と思いこんでいる。「子供の教育のために買うもの」と思いこんでいる人もいる。「小学校に上がる前の教科書」と思いこんでいる人さえいる。そこで講師はゆっくりとカルチャースクールの受講生たちを見回しながら、聞いてみる。
「自分のために絵本を買ったことがある人、いますか?」
20名ほどのクラスだが、手を挙げたのはたった1人だ。黒い袖口に白いレース。なるほど彼女か。思わずニヤッと笑った。例のゴスロリ嬢だ。確かにあんな絵本を子供のために買う人はいない。

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講師は壁の時計にチラッと視線を走らせた。講義終了まであと15分。そろそろ宿題を出して説明する時間だ。
「絵本を1冊買って、来週のこの授業に持って来てください。だれのためでもない、自分のために絵本を買いに行き、気に入った絵本を1冊買ってきてください。……なにか質問は?」
数人がさっと手を上げた。
「どんな絵本でもいいのですか?」
「どんな絵本でもいいです」
「テーマとか、そういうのは?」
「まったくないです」

予想したとおり講義終了後、彼女がすぐに来た。
「私は買わなくていいですよね」
「君は自分のために買った絵本がいっぱいありそうだ。お気に入りを持って来てくれ」
講師は2冊の絵本を彼女に返した。
「先生、この本、気に入ったでしょ」
「気に入ったでしょ、と言われて『気に入った』と答えるのはなんとなくシャクなんだけどね。本屋さんに行って2冊とも注文したよ」
彼女はほがらかに笑って教室を出て行った。

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次の週。宿題で集まった絵本がざっと20冊。その絵本のどこが気に入って買ったのか。理由は様々だろう。物語か。絵か。キャラクターか。「装丁がなんとなく気に入って」という人もいる。絵本は総合芸術である。総合芸術であるがゆえに、「ここが気に入って」という点はじつに多種多様だ。そこが面白い。かく言う筆者は「小さい絵本」が好きである。豆本と呼ばれているほど小さく精巧な本ではなく、CDジャケットぐらいの大きさの絵本が好きである。「集めている」と言うほどでもないのだが、いつの間にか30冊ほど小さい絵本が書棚の一角に集合している。

さて講義の話に戻る。講師は机を移動させて「ロ」の字配列にさせた。じつはこの講師は「ロ」の字配列が好きなのだ。こうすれば受講生は全員の顔を見ることができる。講師はどこに立つのか。講師は「ロ」の字の中にいる。
「買ってきた絵本を出してください」
全員が絵本を出した時点で、指示を出した。
「『はい、次』と言ったら、その絵本を右の人に回してください」

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )