魔 談【 魔の工房2】

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現場はすぐにわかった。広々とした田園地帯のはずれ、古墳のようなマンジュウ丘陵のすぐ脇に、白いビニールシートで囲まれた一角があった。近づいてみると、至る所に 「学術調査発掘中・無断立入禁止」の板がぶら下がっている。さてどこから入るのか。ぐるっと半周ほど回り、ビニールシートの隙間のようなところに「関係者出入口」の板を発見した。

入ってみて「幕の内」を見回した。「意外に狭い現場だな」という第一印象。小さめのサッカーフィールドはタッチライン(長さ)100メートル、ゴールライン50メートルほどだが、それに近い。至るところに赤く錆びた鉄棒が林立し、黄色いビニールテープが張られてエリアに区切られている。大半は地表から1メートル半ほど掘られていたが、数カ所は2メートルほど掘られ、さらに円形や四角に丁寧に掘られた一角もあった。「ユンボ」と呼ばれる小型の油圧ショベルカーが稼働し、白いヘルメットをつけた3人の男が、その様子を見ていた。3人とも幕の内に入ってきたぼくをチラッと見たが、そのまま視線をユンボに戻した。
「なんだよ案内もナシかよ」と思ったが、文句の言える立場ではない。仕方なく周囲を見回すと、いかにも現場事務所といった風情のプレハブがあった。そこに向かった。歩きつつ腕時計を見ると、8時半。初日の現地集合は午前9時と聞いていた。「ちょっと早いか」とは思ったものの、とりあえず行ってみることにした。

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室内に入ってみると、すぐ目の前の打ち合わせテーブルにふたりの青年が着席していた。彼らの前には書類も茶もない。なにもない。「ぼくと同じ出稼ぎバイトか」と思う間もなく、入って来たぼくを見て奥の方の席から作業着の中年男性がすぐに来た。穏やかな笑顔で「これで3人そろいましたね。そこに座ってお待ちください」と言い、外に出て行った。関係者を呼びに行ったのだろう。ぼくは青年たちに軽く頭を下げた。

ふたりとも初対面なのだろう。それぞれ会釈したが、ニコリともせず緊張の面持ちだ。右の青年はずいぶん痩せた男で、ぼくも人のことは言えない痩せ男だが、そのぼくの目から見ても「コイツ、大丈夫か?」と思うような、ちょっと病的な痩せ方の男だ。少しうつむくとサラッとした長めの前髪が即座にバラバラッと目の前に崩れてくるのだが、いつもそれを神経質にかきあげている。この時より少し後にぼくはこの男にあだ名をつけようとし、「ビアズリー」か「ダザイ」かで真剣に迷うのだが、結局ダザイにした。この話では展開の便宜上、このままダザイで進めたい。
左の青年は一見して体育会系で、野球部員のようにこざっぱりとした五分刈りに黒いTシャツ。袖口をまくっている。太い眉毛にギョロッとした目。この時より少し後にぼくはこの男に「ミシマ」とあだ名をつけるのだが、前者と同じくこのまま「ミシマ」で進めたい。念のための蛇足説明かもしれないが、ぼくは中学校2年生時(1970年)に自決報道を見て驚いた三島由紀夫の小説が結構好きだった。

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さてこれで今回の「出稼ぎ発掘バイト3役者」は揃った。ダザイ、ミシマ、そしてぼくである。次回から大いに語ってゆくが、ダザイはかなり病的な「石オタク」だった。ミシマはごつい身体のくせに、少女のように臆病なコワガリだった。

……………………………………………【 追 伸 】

前回の「魔の工房1」を読んで親切心から忠告メールをくれた友人がいる。「39年前のこととはいえ、発掘現場で頭蓋骨を掘り起こしたことは書いてまずいことにはならないだろうか」というのだ。誠に友情から発せられた忠告でありありがたく拝聴したが、しかしこの件につき、若干述べておきたいことがある。そこでその友人に返事したメールだけでなく、ここでも(念のため)書いておこうと思う。前回「魔の工房1」をよく読んでいただきたい。ぼくは確かに「頭蓋骨を掘り起こした。子供の頭蓋骨だった」と書いているが、その場所が「発掘現場で」とはどこにも書いていない。そういうことなんである。

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )