魔 談【 魔の工房4】

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こういう経験はないだろうか。ある人が明らかに自分を嫌っている。しかしその理由がわからない。自分としては思い当たるフシがないので、どうしようもない。
このときがまさにそうだった。ぼくは直感で「どうも助教授に嫌われているらしい」と感じていた。しかしその理由がわからなかった。こんな初対面の席で理由などあるハズがない。しかし直感はささやいていた。「おい、気をつけろ。おまえはあの男に嫌われちゃってるぞ」と。

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助教授はぼくを見て軽くアゴを上げるような仕草をした。無言で「お前の番だ」と彼は示しているのだが、そうした仕草にも微妙に蔑視のようなものを感じた。じつに嫌なムードだった。
「3日間の労働で報酬をいただけるというのが第一の理由ですが……」とぼくは言った。「……大学時代にはアルバイトで色々な経験を積んでおきたいと思っているので、その点でもこのアルバイトはいい経験になると思いました」

2秒間ほどの間があった。助教授がなにか言い出そうとしたが、教授が右手を軽く上げてそれを制した。この席で教授が質問を発したのはそれが初めてだった。
「いままで……どんなアルバイトを経験してきたのかね?」
ぼくは答えた。思いつくままに並べた。家庭教師、デッサン教室の講師、夜間工事現場の車両誘導、カフェバーのカウンター接客……6件ほど並べた時点で、教授が軽く笑いながら右手を上げた。「もういい」という合図だった。
「君はデッサンができる人間らしい。明日にでも見せたいものがある。意見を聞きたい」

教授は立ち上がり、助教授に軽く頷いた。たぶん「3人ともOKだ。使ってやれ」という指示だったのだろう。
「ちょっと用事があるので……これで失礼する」
教授が席を立つと同時に、ふたりの現場組もほぼ同時に起立した。教授のいないこの席に自分たちがいる理由はまったくないといった態度だった。3人は事務所を出た。

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ドアが閉まり教授の姿が見えなくなると、助教授はにわかにくつろいだ雰囲気になった。彼は我々3人を見て独特の微笑を見せた。それはなにかしら「おやっ」と思わせるような、教授同席の場とは全く違う人格がフッと浮上してきたような、そんなものを感じさせる屈折した微笑だった。

「キミたちには関係ないが、この発掘はハズレだ。だいたいあの先生は……」とそこまで言って、彼はふと言葉を切った。気分にムラのある男なのかもしれない。つづきはなかった。彼は机上に発掘現場の地図を広げ、じつに事務的な淡々とした口調で我々に作業説明をした。我々が掘る場所を指で示し、ダザイをチラッと見た。
「大ガリは……知ってるな?」
「もちろんです」とダザイ。じつに頼もしい返事だったが、助教授は特に感心した様子もなかった。大ガリ?……ぼくにはなんのことやらさっぱりわからなかった。
「……じゃあ、3本回す。コイツらに大ガリの使い方を教えてやれ」
助教授は事務所を出ようとした。その背中を追いかけるようにしてダザイが声をかけた。
「あの、3人とも大ガリなんですか?」

この質問がなにを意味するのかよくわからなかったが、たぶん地学部歴6年のダザイとしては、若干の不満があったのだろう。「自分にはもう少し別の役割がないのか」という意味を含んでいたのだろう。振り返った助教授はしばし黙ってダザイを見つめた。ぼくにはよくわからない種類の、独特の無表情だった。
「大ガリが嫌なら、いつ帰ってもいいんだぜ」
そのまま外に出ようとして、ふと立ち止まった。
「なあ地学部……お前には特別の仕事をやる。楽しみにしてろ」

イヤな予感が走った。ダザイは返事せず、うつむいていた。バラバラッと崩れてきた前髪をかきあげようともしなかった。「……まずいな」と思った。なにかしらまずい方向に流れているような気がしてならなかったが、どうしようもなかった。なりゆきを見守るしかない。やれやれという気分だった。「発掘現場のバイト」という、いかにも夏休み的で、牧歌的で、お気楽そうなバイトを選んだハズだった。なんでこうなるのか、さっぱりわからなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )