魔 談【 魔の工房14】

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「……それで?」
助教授は「じつにくだらない話だ」と言わんばかりの眠い表情だった。「もっと真剣に聞いてくれ」とまでは言わないが、そこまで小馬鹿にされた態度を最初からとられると、説明する意欲もどんどん下降し、ついには失速墜落してしまうような気分だ。
「子供の頭蓋骨でした」
「写真は撮ったか?」
「撮りました」と即座にダザイが答えた。

ダザイのヤツはよほど助教授が嫌いなのだろう。打ち合わせのテーブルについてからというもの、口をへの字に曲げてややうつむき、目の前に崩れてきた前髪もそのままで、ウンともスンとも言わない。まるで「完全黙秘を決めこんだ容疑者」みたいな態度だ。あきれたぼくがミシマとチラッと目を合わせてから報告を始めたのだが、正直に言って報告なんて気分じゃなかった。すぐにでも警察に電話したいぐらいだった。しかし不思議なもので、テーブルについた時は「えらいこっちゃ」気分でぼくはやや高揚していたぐらいなのだが、助教授が来てテーブルにつき彼が発する独特のマイナスオーラに徐々に染まってくると、「子供の頭蓋骨を掘り出したことぐらいでガタガタ騒ぐんじゃねえよバカ」みたいな気分になってくる。
そんな感じの妙に気まづい雰囲気のテーブルで、ダザイが最初に発した言葉がこの「撮りました」だった。同席の助教授、ミシマ、ぼくの3人は一斉にダザイを見た。しかし彼はそれ以上、なにも言わなかった。

「ほかには?」
「ほかには、というと?」
助教授はチッと軽く舌打ちをした。
「だからほかにはなにか出たか?」
「子供の頭蓋骨らしいと判断した時点で、3人で相談して作業を中止しました。写真撮影し、軽く土をかぶせました。それ以上はなにもしていません。そのまま報告に戻ってきました。一刻も早い報告が最優先だろうという判断です」

助教授はぼくを見た。ぼくを見たまま、なにも言わなかった。実際にはその時の彼の沈黙は5秒間ぐらいだったろうと思う。しかしぼくにはものすごく長いあいだの気まずい沈黙だったように感じられた。呼吸困難になってしまいそうな空気だった。
壁の時計をチラッと見た。午後2時すぎ。助教授からの指示では午後5時にここに戻ってきて報告しろと言われていた。それを早めて午後2時に戻ってきてしまったことが、彼の不興を買ってしまったのかもしれない。頭蓋骨が出ようとなにが出ようと午後4時半あたりまで現場にとどまり、午後5時ピタリにここに戻って来て報告するべきだったのかもしれない。
そんなことを漠然と考えていると、助教授も首を回して壁の時計を見た。ぼくの視線の先を知ろうとしたのかもしれない。

「そこは墓場だったのかもしれないな」助教授はボソッと言った。
「墓場?……そんなバカな。家が建っていたのですよ」
「家が建っていたって、元は墓場だったかもしれないじゃないか」
ぼくは黙ったが、なぜ助教授がそんなことを言い出したのか、さっぱりわからなかった。
「……ともかくだ。今日は17時まで作業してもらう約束だ。こんなことで時間を潰してもらっては困る」
また廃屋現場に戻れとでも言うのかと思ったが、そうではなかった。我々3人は昨日と同じように大ガリを与えられ、昨日と同じ場所に行って作業しろと命じられた。問題の廃屋現場についてはなんの指示も出なかった。今から3時間作業して、17時30分に事務所に戻って来いと言われただけだった。

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大ガリを使いつつ、ふたりに話しかけた。
「な、あそこでどんなものが見えたんだ?……教えてくれよ。確か〈ビンに入れたとか〉とか言ってたよな。どういうことなんだ?」
ダザイもミシマもポツリポツリと話し始めた。驚いたことに、ふたりが見た光景は断片的なものだったが共通点があった。話を聞きつつ「これは一種のフラッシュバックみたいなものだな」と思った。しかし通常のフラッシュバックはあくまでも自分の心的外傷から生じるものであって、他から来るなんてことは考えられない。
「子供の遺体を切り裂いてる男がいた」とダザイは言ったのだが、その光景は彼にとっては酷すぎたのだろう。その後は沈黙してしまった。
「バラバラになった子供の体を人形みたいにつないだ」とミシマは言ったのだが、それ以上の説明はなかった。

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「君たちのバイトは終わりだ」と助教授は言った。ミシマとぼくは同時にダザイを見たのだが、彼はなにも言わなかった。
「報酬は3日間の合計で15000円なんだが、こちらの都合でこうなってしまったから、15000円出すことにしよう。……言うまでもないが、君たちが見たものは他言無用だ」
特に異存はなかった。「異存はない」というよりもむしろなにを言う気力もなかった。15000円をもらってその場で領収書を書き、事務所を出た。

半時間ほど歩くと駅があり、その近くにパッとしない雰囲気の居酒屋が2軒あった。少し迷ったが、古民家風情の小さい店に入った。まだ早い時間なので、客はひとりもいなかった。
我々は狭い部屋の一番奥にあるテーブルについた。大ジョッキで乾杯し、2杯目に入ったあたりでダザイにもミシマにも笑顔が戻ってきた。
「あいつ、あの現場をどうするつもりなんだろうね」とぼく。
「知るもんか」とダザイ。「……きっと手柄を独り占めするのさ。もうどうでもいいけど」
「……な、もう1、2杯空けたら教えてくれないかな。あそこでなにがあった?」
途端にふたりの表情は曇った。「やはりダメか」と思ったが、しばらくしてさらに顔が赤く染まってきた頃、ふたりとも「よくわからないけど……」という前置きで淡々と語り始めた。
「50年とか、もっと前……ずいぶん昔のことだけど……」とダザイ。「あそこにいた男は……たぶん数人の子供を殺して、バラバラにして、それをまたつなぎあわせるようなことをした、と思う」
相槌も打てなかった。血も凍るような話だった。ミシマを見た。彼もぼくを見て無言でうなづいた。同じような推測なのか。
「つなぎあわせた?……いったい……なんのために?」
「わからない。そこがわからない。……でも最後はビンに入れて、しばらく飾って、どこかへ持っていった」

ふと思い出した光景があった。
遠い昔、幼稚園生の頃、神社のお祭りでお化け屋敷があった。その前に建てられた客寄せ用のテント。男が大声を出していた。「さあ見てらっしゃい。寄ってらっしゃい。これこそ本物のカッパ。カッパが本当にいる証拠だよ」
車輪つきの台の上に置かれた物。高さは60センチほどあるだろうか。白い布がかぶせてあった。男は布をつまむようにして、中身の一部を見せた。大きなガラスビンの中になにか白いものが入っていた。
「じっくりと見たい人はどうぞこちらへ」
数人の男たちが台をゆっくりと動かし、お化け屋敷の中に入っていった。

…………………………………………( 次回最終回 )

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