【 魔のホテル6 】「シャイニング」で激突!スタンリー・キューブリックvsスティーブン・キング

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「シャイニング」談6回目。この話は年内いっぱいやるつもり。なので次回の12月29日(金)7回目を最終回としたい。そろそろウンザリし始めた人もいるかもしれないが、もう少しおつきあいいただけるとうれしい。

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さて前回とりあげた「ROOM237」で、キューブリック・フリークが面白い発見を熱く語っていた。
映画「シャイニング」冒頭のシーン、ロッキー山上にあるオーバールック・ホテルに向かって走るジャック・トランス一家の車を空撮で追うシーンがある。じつに雄大で気分のいいシーンなのだが、バックミュージックというか効果音というか効果音声というか、それが少々気味が悪い。いかにも「なんか悪い予感」みたいなものを感じさせる。筆者はその「雄大な空撮シーン&不気味な効果音」という奇妙な組み合わせに気をとられており、「ジャック・トランス運転のフォルクスワーゲンが何色か」などという瑣末事など全く気にも止めなかった。多くの人がそうだろうと思う。

ところがキューブリック・フリークは気がついてしまうのだ。映画「シャイニング」では、黄色いワーゲンが走っている。ところが原作「シャイニング」では、赤いワーゲンなのだ。
ただそれだけなら「ははは、そこまで原作に忠実である必要はないでしょ」とか「撮影段階でなんか理由があって変更したんじゃないの」という意見なり解釈なりが普通だろう。
しかしこの話はこれだけでは終わらない。映画「シャイニング」では、冒頭の黄ワーゲン以外に、赤ワーゲンがチラッと出てくる。しかも事故シーンで。言うまでもないことだが、そのシーンはストーリー上でなんの役割も果たさない。つまりまったく余計なシーンだと言っていい。「病的な完璧主義者」と評される監督はこの事故シーンでいったいなにが言いたいのか。

「そりゃあんた、キングをからかっとるのよ」とキューブリック・フリークは言う。「原作なんかこうしてやる」というメッセージが「事故った赤ワーゲン」だというのだ。
本当にもうあきれるというか、よくもまあこんな面倒くさいメッセージをわざわざ背景に埋めこんだものだと思う。その真意はともかく、当のキングはやはりというか、気がついた。激怒した。「主役がジャック・ニコルソンだと!」激怒に匹敵する、いやそれ以上の激怒だったにちがいない。
ともあれ「そこまでやるかアンタ」監督だからこそ、「意味のない背景処理はひとつもない」というのがキューブリック・フリークたちの主張であり、それはそれで納得できる話ではある。

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結局、キューブリックにおける原作というのは「まな板に乗せた魚」みたいなものなのだろう。彼はザクザクとそれを切り刻む。ある部位は刺身に、ある部位は焼き魚に、ある部位はあっさりと捨てる。その際の調理判断はすべて自分の感性のみで決める。「この魚はこう料理してくださいね」と魚を提供した釣り人は言うのだが、すべて無視する。「ああーっ、この部分、捨てちゃったの?」と釣り人が怒っても、どこ吹く風だ。「料理するのは自分だ。余計な口をはさむな」と言わんばかりだ。

このようにして大胆にパッパッと仕分けされ、捨てられたものの中には、確かに「えっ、この部分、捨てるの?」がある。
原作「シャイニング」と比較して筆者が最も驚いたのは、ハロラン(オーバールックホテルのコック)の最後だった。彼の登場の仕方、シャイニングによるダニーとの交信、「いよいよヤバイ」と察知してわざわざ南の楽園から厳寒のホテルに駆けつける誠意……ハロランがその後大いに活躍し、手に汗握る観客の拍手喝采を浴び、「アメリカ人好みヒーロー」となるお膳立ては全て揃っていると言っていい。実際に原作「シャイニング」ではハロランはホテル内を奔走してジャック・トランスと対決し、ダニー、ウェンディー(奥さん)と共に3人でホテルを脱出している。ところが映画「シャイニング」では、救援に駆けつけてホテルに入った途端にあっさりと殺されてしまった。これには「えーっ!」と声をあげんばかりに驚いたし、役柄といい役者(スキャットマン・クローザース)といい「すげーもったいない」というかそんな印象さえ抱いた。……思わず熱い余談に走ってしまうが、スキャットマン・クローザースはミュージシャン出身の渋い黒人俳優で、じつはジャック・ニコルソンと仲良しのお友達である。

なぜキューブリックはハロランを切ってしまったのか。「いまだによくわからない」というのが正直なところだが、恐怖をよりシンプルに、より効果的に伝えるために「助けに駆けつけたハロランの大活躍」という活劇を思いきってカットしたのかもしれない。その方がよりダイレクトに存分に「恐怖を味わっていただく」と判断したのかもしれない。
遠方より助けにやってきたハロラン。観客は当然ながら彼の活躍に期待する。なのにあっさりと殺されてしまった。こうした「期待に対する裏切り」もまた観客の恐怖を助長させるとキューブリックは計算したのかもしれない。
かくしてハロランを一撃で殺したジャック・ニコルソン・トランスは「これで邪魔者は始末した」と言わんばかりの勢いでダニー&ウェンディーを追いかけることになった。観客は存分に「恐怖の鬼ごっこ」を味わうことになるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・…( つづく/次回最終回 )