【 魔のホテル7/最終回 】「シャイニング」で激突!スタンリー・キューブリックvsスティーブン・キング

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…………………………………Illustration:Kaoru Nakarai


映画「シャイニング」を観た人は、ダニー少年が三輪車でホテルの廊下を「ガーッ、ゴトンゴトン、ガーッ、ゴトンゴトン」と走り回るシーンはよく覚えているのではないだろうか。あのシーン、何度観ても怖い。そして何度観ても「さすがはキューブリック」と感心する。

背の低いダニーが三輪車に乗ることで、彼の視線は立っている時よりもさらに低くなる。三輪車走行中の彼から見れば、ホテル廊下の天井はとてつもなく高く、左右に立ちはだかる壁やドアは巨大な城塞の壁面のようだ。観客はダニーの背中に貼りついた背後霊のような視点でホテルの廊下を走ってゆく。その移動撮影のスーッとすべるようななめらかさ!

撮影技術にウルさい映画オタクが驚嘆したとかのこの撮影は、開発されたばかりの「ステディカム」という撮影技法らしい。キューブリックはこれまた病的と言われるほど移動撮影にこだわったそうである。周囲のスタッフはさぞかしウンザリしたことだろう。
こうして美しく撮影されたダニーの三輪車は左に曲がり、さらに左に……「なんか出るぞなんかきっと出るぞ」という恐怖やら期待やらの混濁した異様な緊張感。呼吸困難になりそうな名シーンだ。

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ところがこの廊下、じつはさらに巧妙で奇怪な仕掛けがほどこされているらしい。「シャイニング」フリークたちが「ROOM237」で熱く語っている。彼らはダニーが三輪車で走り回ったルートを、詳細な見取り図に作成した。あきれるほどにご苦労様な話だ。その結果、オーバールックホテルの廊下は「ありえない構造になっている」と発見した。
本当にマニアというのは「よくやるよ」と思う。「よくこんなことに気がつくよ」とホトホト感心する。労を惜しまないというか、徹底的に調べるその情熱には脱帽する。キューブリックが「病的な完璧主義者」と評されているだけに、その作品に魅せられ虜になってしまったマニアたちも、じつはその傾向があるのかもしれない。

詳しく説明するとキリがないので割愛するが、ダニーは現実的にありえない構造の廊下を走っているらしい。なぜそんなことをわざわざするのか。「撮影上のミス」とフリークたちは考えない。ありえない廊下を走らせることで、観客の潜在意識に一種の不安感を抱かせるためだと彼らは言う。まさにオーバールックホテルは「悪夢のホテル」だと言えよう。
奇怪な屋敷の中をあてどもなくさまよう悪夢でうなされた経験はないだろうか。筆者は何回か経験しているのだが、もしかしてそれは何度も観た映画「シャイニング」で、無意識領域になにかを植えつけられたのではないかと疑いたくなるような話だ。

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さて映画「シャイニング」は興行的にも大成功をおさめた。原作が踏みにじられたと思っているキングにとって、面白かろうハズがない。彼は公開前後から映画「シャイニング」を「からっぽのキャデラック」と言いふらした。いささか文学的に過ぎて(普段からキャデラックなど馴染みのない我々日本人には)一瞬なんのことやらわからなかったりするのだが、要するに「見かけだおし」ということなのだろう。キングはその後もいたるところで(周囲があきれるほどに)キューブリックに対するバッシング発言を繰り返した。しかもそのキューブリックが亡き人となり、映画「シャイニング」公開の1980年から17年も経過した1997年、キングはテレビドラマ「シャイニング」を作った。時にキング50歳。制作開始時にテレビ局がキングに示したとかの条件が笑える。「今後はバッシングを自重すること」

50歳という年齢にこだわって彼がドラマ「シャイニング」を作ろうと思ったのかどうか知らないが、ともかくもこうして出来上がったドラマ「シャイニング」は、当然ながら原作に極めて近い出来となっている。しかし「原作に忠実」イコール「映像作品として面白い」とは限らない。「原作(小説)を読むのはちょっと……」という人でも、映画「シャイニング」(143分)とドラマ「シャイニング」(270分)を観れば、「なるほどこれが原作で、これがキューブリック料理なのか」と、比較して楽しむ妙味があるだろう。余計なアドバイスかもしれないが、最初に長編小説「シャイニング」を読む気分で270分ドラマ「シャイニング」をじっくりと(なにしろ長い)見て、次に映画「シャイニング」を観てはいかがだろう。「ずいぶんとまあ、変えたものだ」と面白いこと請け合いである。「こりゃキングも頭に来るわ」と思うかもしれない。

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最後に、とっておきのジョークをひとつ。

この秋、SF映画ファン待望の「ブレードランナー」続編が公開された。この「ブレードランナー2049」を劇場で存分に楽しむにあたり、改めて前作「ブレードランナー」(1978/リドリー・スコット監督)を見直した人もきっと多いことだろう。
じつはこの前作「ブレードランナー」と「シャイニング」には、密かなつながりがあるのだ。前回の「魔のホテル6」でも取り上げた「シャイニング」冒頭の空撮シーン、その撮影フィルムでボツになった部分がなんと「ブレードランナー」ラストシーンで使われている。
……ということは、デッカードがレイチェルを連れて逃避行したのはロッキー山脈方向ということになる。山上にある古風なホテルを彼らが見つける確率は高い。彼らが最初に泊まったホテルが冬のオーバールック・ホテルだった、という「魔の設定」はどうだろうか。

………………………………………………( 完 )


※暴風雨サロン2「ホテル文学を語る」シャルル大熊さんの記事もぜひどうぞ。
『ホテル カクタス』by江國香織「ホテルでないホテルに住む形而上的な者たち」


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