【 生物学魔談 】魔の寄生・ロイコクロリディウム(5/最終回)

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夕食後に夫に電話した。出なかった。だれかと食事の最中なのかもしれない。移動中でハンドルを握っているのかもしれない。
1時間を置いて再び電話した。やはり出ない。なんとなくイヤな雰囲気だ。タバサと夕食中に電話に出なかったことを怒っているのだろうか。でも夕食の時間はよく知っているはず。目の前にタバサがいることはすぐに想像がつくはず。そんな時間に電話した自分がよくなかったとどうか気がついてほしい。
色々な不安や不満が次々に頭をよぎってやりきれなかった。夕食後の家事をこなしつつ「あの人はタバサの教育に興味がないのかも」と思ったり、「こういうことで電話するのはもうやめよう」と思ったりした。

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その夜はいつものように「赤毛のアン」を開かなかった。どうして宇宙人だとわかったのか、真剣にタバサに聞いてみた。その決意はママにとってかなりの覚悟を要するものだった。
ところがタバサにとっては、習慣的にその時間は「アンのお話を聞きつつ眠りにつく」ことの方がより重大なようだ。タバサは宇宙人の対策よりも「赤毛のアン」のつづきを聞きたがった。意外だった。

「でも目の中にいる宇宙人のこと、気にならないの?」
「大丈夫」とタバサは言った。悪い宇宙人じゃないというのだ。いまはカタツムリの目に来て外を見てるけど、そのうちにカタツムリの奥に戻っていって、カタツムリと一緒に旅を続けるというのだ。
ママは驚愕した。5歳の少女のどこからそんな大胆な発想が出てくるのだろう。ずっと時間をかけてまじまじと観察した結果、大人には想像もつかない正確さでこうした発想が生まれたのだろうか。
「これはあの人と相談して解決できることではない」と思った。こういうことに反応し、興味を示して相談に乗ってくれるのはあの先生しかないと思った。
結局その日、夫からの電話はなかった。

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翌日。筆者はママからの長文メールを読んだ。驚くと同時に「この発想はじつに面白い。タバサにはストーリーテラーの才能があるかもしれん」と喜んだ。カタツムリと一緒にのんびりと旅をする宇宙人。素敵な話だ。「ドリトル先生航海記」にも「大ガラス海カタツムリ」というのが登場し、ドリトル先生はその殻(カラ)の中に入って旅行先から故郷に戻っている。
「カタツムリの体内に寄生している」という現実はちょっと気持ち悪いが、じつはそれは生命体ではなく「カタツムリの形をした宇宙船」という設定に変えてしまえばいい。うん、悪くない設定だ。宇宙から地球の大気圏に突入する際には、強靭な殻(カラ)に守られてやってきたという設定にできるぞ。

筆者は「カタツムリ宇宙人」というタイトルで以上の設定を詳しく書いた。それをママに送った。「タバサとの会話の中で出てきたアイデアのようにしたらいい」とアドバイスした。
ママは喜んだ。「先生の報酬はどうしましょうか?」というメールが来たので笑った。
「……じゃあ、ママが好きなアメリカのチョコレートを送ってくれ。もちろん1枚でいい。自宅近くで手に入るものでいい」

しばらくして彼女は「Russell Stover」のチョコレートを送ってきた。

………………………………………………( 完 )