魔の絵(1)

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私は墓場の脇に住んでいた時代がある。ちょっと変わった貸家だった。その物件については、2016年9月に3回にわたり連載した「魔の貸家」で詳しく語っている。
今回はその時代の思い出話であり、魔談候補としてずいぶん長いあいだ手帳に置き去りにされてきた話である。語るにあたり、確認しておきたいことがあった。そのため9ヶ月ほど先延ばし状態になってしまったが、ようやくそのリサーチが完了したので、書き下ろしを開始したい。私としてはこの話は「いずれじっくりと語りたい」という願いが以前から強かったので、少々長い話になるかもしれず、また大して怖い話でもないかもしれない。
ともあれどうか最後まで読んでいただきたいと願う。

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この貸家の大家は、その墓場を所有するお寺さんだった。お寺さんの周囲には檀家さんがいる。その数はお寺の規模とか、宗派とか、歴史とか、様々な条件により異なってくるのだろう。大家であるお寺さんは大きなお寺ではなく、住宅街の一角にうずもれているようなこじんまりとしたお寺だった。檀家さんの数も知れているようなイメージだったが、その信奉はかなり厚いように見受けられた。たびたび「講」が開かれ、また「講」でなくとも近隣の人々が寺に足を運んでいる様子を見かけていた。

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ある時、大家さんの檀家を名乗る男女が菓子折り持参で私の家に来たことがあった。突然の来訪であり驚いたが、とりあえず上がっていただいて話を聞いた。
「じつはお坊さまから聞いたのですが、あなたは……」ということで、要件は「うちの娘に絵を教えていただけないか」という相談だった。
ふたりは夫婦で、高校1年生の娘がいるのだが、引きこもり娘らしい。高校でなにがあったのか知らないが、入学して通学したのは4月いっぱいで、5月の連休明けからもう高校に行かなくなってしまった。自分の部屋でなにをしているのか。本を読んでいるか、漫画を読んでいるか、なにか絵を描いているという。絵を教えるのは「娘の部屋で」という条件だった。

私は正直なところ「気乗りうす」というか、あまり関わりたくない気分だった。
「お気持ちはよくわかりますし、お察しします。しかし……」と伝えた。こうした役に適任なのは、やはり専門の知識を有したプロだ。それは個人ではなく団体でもいいと思うし、そこから派遣された女性が最も望ましいのではないか。そのように伝えた。
「じつはこれまでに4人の女の人に来ていただいたのですが……」
毎週1回・2時間で契約したらしい。ところが4回とか5回しか続かなかったという。4人とも理由を告げず辞退してしまったというのだ。
「理由を告げない?」
意外だった。プロとしてそんなことがあるのか。
「いや、理由は一応言うのですが……」と父親が言った。彼が受けた印象ではそれは表向きの理由で、本当の理由は別にあると言うのだ。
「どうしてそれがわかるのです」と私は言った。「……本当の理由?……心当たりがあるとでも?」

彼らはしばし沈黙した。母親が父親をチラッと見て頷いた。「話しましょう」という合図であることは明白だった。鼻の下にうっすらとヒゲを生やした細身の父親がためらいつつ言った。
「どうも娘の描く絵が、なんというか、気味が悪いらしいのです」
私の興味スイッチがパチンと入ってしまった。
「どんな絵なのです?」
「娘に固く口止めされているらしく、言ってくれません」
「……なるほど」
「4人ともそれが理由じゃないというのですが……それがまたじつにありきたりな理由で、まったく納得できません」
「その絵を見たことがありますか?」
「いえ、わたしたちには、絶対に見せてくれません。それ以前に部屋に入れてくれません」
「……ふうむ。つまりこうですね。その絵を見たことがあるのは、本人と、その部屋に入った教師4人だけ」
「もうひとりいます。妹です」
「なるほど。妹さんがいるのですね。妹さんには心を許していると……」
「許しているのかどうか……妹はダウン症で、姉をすごく怖がっています」
しばし絶句した。

・・・・・・・・・・・・・・・・…( つづく )