魔の絵(6)

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男は両手で頭を抱え、意味不明のわめき声を発しつつ部屋の中を歩き回った。ドアを引きちぎるようにして隣の部屋に入った。そこには洗面台があった。暗くてよく見えなかったが、稲妻と共に男は自分の姿を見た。雷鳴と共に家を揺るがすような悲鳴。次の瞬間に少年(中学生ぐらいか)はベッドから落ちて頭を打った。

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「あっ」と驚いた。「夢にしやがった!」
意表を突いた展開だった。現実離れした世界で遊ぶつもりが、なんと少年の現実に戻しやがった。
「なんかねぇ。……冷めた娘だな」
思わずそうつぶやいた。

(メッセージ)
はじめまして。○○まなみです。絵を教えてほしいと思っていませんが、これは続けてみたいです。親に頼むのはイヤなので、こっそり届けます。

メッセージはたったこれだけだったが、あれこれ推測を楽しむには十分だった。これで彼女が描いた漫画、彼女が続けたストーリー、そして文章と筆跡が手に入ったわけだ。
漫画の腕前はかなりのものだった。いまどきの女子高生が好んで読むような漫画など知る由もないが、突然に出てきた少年の風貌、特にその「目の表現」から萩尾望都を連想した。冒頭のフランケンシュタインシーンでは、背景処理にまだ「迷い」が残っていた。どの程度タッチを入れるのが妥当なのか迷いが見られ、その結果、タッチには少々雑さが残っていた。また室内空間のパース(遠近感)に少々違和感があった。
しかし人物はじつにしっかりと描かれていた。両手で頭を抱えつつ室内を歩き回るフランケンシュタイン、ベッドから落ちた少年、双方ともに「これはかなりの腕前だ」と思わせるレベルの動きだった。特に感心したのは「手」の表現で、フランケンシュタインのゴツゴツした手、少年のツルンとした手、その違いが見事に表現されていた。手を描くのが好きなのかもしれない。

改めてメッセージを見た。「絵を教えてほしいと思っていませんが」には笑った。なりゆきで思いついた方法とはいえ、やはりこの「スケッチブック作戦」は正解だったようだ。なんの前情報もなく彼女の部屋に行くのはほぼ確実に失敗していただろう。

筆跡を眺めた。高校1年生にしては右肩上がりの、綺麗な大人びた文字が並んでいた。一見して「これは習った字だ」と感じた。少々残念だった。……というのも、こうした「取り澄ましたような、綺麗な、型にはまった文字」からは、書き手の個性を読み取ることが難しい。
「母親に命じられて習ったのかも」と思った。もちろんなんの根拠もないただの想像だ。しかし絵を好んで描くような少女が、習字にも興味を持って、自ら希望して習ったとは考えにくい。そんな時間があったら、もっと絵を描こうとするはず。
2回にわたり両親を観察した印象としては、父親は「娘の教育に興味はない」といった印象だった。一方、母親はかなり娘の教育に熱心なように見受けられた。特に長女に対してはあれこれと自分の夢や希望をたくすようなタイプに見えた。その反動が、いまの結果かもしれない。絵画から漫画への移行を知った母親の失望。それがいまの対立構図かもしれない。

「なんと少年を描けってか」
漫画の続きに悩む事態となってしまった。
「……まさに墓穴」
苦笑気分で漫画の続きにとりかかった。

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少年は自分の部屋で日記を書いていた。
「またフランケンの夢。今朝はベッドから落ちて頭を打った」
「……これで100回目。小学校2年生の時からフランケンが夢に出始めて、とうとう100回記念」
彼はふと席を立って窓を開け、夜空を見上げた。下弦の月がそこにあった。
「……こんなバカな話って、あるかよ。こんな話、誰にもできねえよ」
「……フランケンと僕にいったいなんのつながりが?」

(メッセージ)
ともかくもお返事をいただき、複雑な気分を抱えつつ喜んでおります。正直なところ「たぶん返事はない」と思い、またその結果を知らせることで、御両親からの依頼を断る口実にしようと考えておりました。絵を教えたいと思っていませんが、これは続けてもいいと思っています。御両親に頼むのは面倒なので、こっそり届けます。

……………………………………………【 つづく 】

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