魔の絵(7)

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じつはフランケンシュタインを持ちだした理由として、いまひとつ、まだ述べていない理由があった。引きこもり娘が「漫画表現」でこの悲惨な主人公をどのように描くのか、それを見たいと思ったのだ。「楳図かずお」のように、執拗に醜く描くのだろうか。あるいは「水木しげる」のように、キャラクター化してサラッと描くのだろうか。漫画表現に彼女の性癖や気質が出ているかもしれない。

フランケンシュタイン。……サディスティックな話である。死体を継ぎ合わせて1人の人間を作ってしまうというおぞましい発想。作られた人間がそれを知ったときの衝撃と怒り。救いのない話だが、映画界には貢献している。フランケンシュタイン登場の映画は(劇場未公開も含めると)なんと25本もあるのだが、比較的最近の映画「フランケンシュタイン」(1994年/ケネス・ブラナー監督/コッポラが製作担当)の前宣伝で使われた「愛もなくなぜ造った」は、その悲劇を端的な言葉で見事に表現している。公開当時も衝撃と共に「これは名キャッチだ」と思った。24年が経過した今でも、フランケンシュタインと言えば、即座にそのキャッチが頭に浮かぶほどだ。

私が仕掛けた「フランケンシュタイン漫画」は、サディスティックなシーンを、描こうと思えば存分に描ける設定だった。少女にその続きを自由に描かせることにより、彼女の嗜好が漫画表現に出てくるのではないか。そう期待した。「外界との接触を遮断し、自室に籠城」という敗戦必須の策をとった少女。きっと「自分のリアル」に対する悲しみや怒りや不安が、彼女の内部に渦巻いているにちがいない。それが「漫画表現」という手段で噴出しているようなシーンを期待したのだ。

しかし結果としては、私が密かに期待したような「スプラッタな漫画表現」はなかった。彼女が描いたフランケンシュタインはむしろ「サラッとまとめてしまった感」さえあり、あろうことかストーリー展開ではその世界を単なる「夢」にして、さっさと現実に移動してしまった。「こちらの意図を見抜いたか」とさえ思った。意外に現実的な、覚めた計算のできる子かもしれない。少なくとも精神的にダウンしているような状況では全然ない。
ともあれここでいともあっさりと「フランケンシュタインは夢でした」で終わらせてしまっては、冒頭に衝撃的なシーンを持ってきた意味がない。
「こしゃくな漫画娘だな。どうしてこんな設定にしたのか。……あるいはこれは一種の愚弄か」などと思いつつ、こちらとしてはいま一度フランケンシュタインにこだわった展開にしたかった。

あらためて彼女が描いた少年を眺めた。サラッとした黒髪の、スマートな少年。捉えどころがないというか、少女漫画の世界ではどこにでもいそうな、ページをめくった瞬間に記憶からスッと遠のいてしまいそうな、とにかく印象の希薄な少年だ。突然に出て来たこの少年からなにか得るものはないだろうかと仔細に見たのだが……「まあこういう少年が好みなんだろうな」程度の感想しか出てこない。背景として描かれている彼の部屋にも、特に注目すべきものはなかった。
「……じゃあここで、読者の興味をぐっと引きつけるような、変わった特徴を彼に与えてやらんとな」
そこで「何度もフランケンシュタインの夢を見て悩む少年」という設定にした。さてどう出る?……この怪現象を、どう料理する?

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1週間ほどでスケッチブックは戻ってきた。

少年は日記を閉じた。スマホを手にしたが、そのまま机上に戻した。彼は部屋を出て自転車に乗った。コンビニに行き、アイスキャンディーを買った。(たぶんハーゲンダッツの)(たぶんバニラチョコレートアーモンドとかの)箱に入った高級なヤツだ。それだけを買って自転車を走らせ、ある家の玄関先で止まった。彼が見上げた先に窓があり、あかりが灯っていた。

メッセージ文はなかった。

「……?」
少年の行動がなにを意味しているのか、さっぱりわからなかった。やはりフランケンシュタインは見事に無視され、少年は動き始めていた。メッセージもなし。この続きをどう描く?
「まるでこっちが試されているみたいだな」
どうにも腹立たしい気分だ。史上最悪の支離滅裂な漫画を強制的につくらされているような気分だった。

……………………………………………【 つづく 】

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