魔の絵(11)

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重大深刻な問題に直面し、その打開策がどうにも打ち出せない。……そんなとき、「この手を使うしかない」という秘策があなたにはあるだろうか。
私は三つの策を用意している。ひとつはいわゆる「三十六計」。「逃げるにしかず」である。「なんだ、逃げるのか」などと侮って笑ってはいけない。三十六計の真意はただ「逃げよ」というのではない。「後の再挙を図る」という気概を保ちつつ身を引く。この気概こそが大事だ。「臥薪嘗胆」(がしんしょうたん)と言うではないか。薪(マキ)の上で寝る、寝る前にキモを舐める。いずれも再挙を図り復習を果たすために、その気概を維持せんがために、毎晩のように自分に痛い思いをさせ、苦い味を感じさせるのだ。

いまひとつは「親しい友人を居酒屋に誘う」という策である。酒の力や場の雰囲気を利用してリラックスし、直面している問題を丁寧に説明する。この「丁寧な説明」こそが自らの心を整理し、問題の根幹と枝葉を再認識させ、打開策へと導いてくれるのだ。友人の反応なりアドバイスのみに頼るのではなく、説明と会話により問題を整理することが主な目的である。ただ馬鹿騒ぎしてストレスを発散させる酒の席とは目的が違うのであって、このような要望に応えてくれる友人がいないことには話にならない。また説明の仕方は「洗いざらいぶちまける」といった手段ではない。酒はほろ酔いにとどめ、あくまでも礼儀正しく、相手に余計な負担をかけないように気を配り、説明の範囲にも十分に注意する。会話がなりゆきで脱線してしまったら、それはそれで脱線を楽しむ。

しかしそうした友人がいるにはいるのだが、「遠くにいるのでなかなか会えない」あるいは「タイミングが合わず大事な時に会えない」といった残念な状況は多々ある。そのような時は第三策として「ひとりで飲みに行く」という方法がある。この第三策については私には大いにこだわりがあるのだが、その話はいずれゆるりと語りたい。

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さて本題。このとき私は第一策をとりかけたのだが、「いやいや、もうひとがんばりできるはず」と思い直した。そこで第二策に移ったのだが、頼むべき友人は北海道に撮影旅行中だった。大いに語りたい問題は微妙な問題であり、彼が相手であれば場もなごみ、酒も程よくすすみ、有効なアドバイスも期待することができた。しかし「撮影旅行中」という言葉をメールで見た瞬間に「これは余計な心配をかけるまい」と心に決めた。彼にとって「撮影中」とは、私にとっての「絵画制作中」である。感性を最も集中すべき時期に余計な話をしたくない。

「しかたがない。ひとりで行くか」と思った。第三策に移ろうとした瞬間に、ふと「あのふたりを誘ってみるのはどうだろう」という奇策がよぎった。「酒を好むか」などという質問はもちろんしていない。ふたりとも飲まないタイプかもしれない。しかし誘ってみる価値はありそうだ。
「さてどんな反応か」と半ば楽しみにしつつ父親にメールを送った。迅速に帰ってきた返信は「日時と場所を指定してください」という簡潔な一行だった。この誘いに対する感想もなく、誰が来るのかもわからなかった。「たぶんふたりで来るな」と思い、目の前でウーロン茶がふたつ並んでいる席を想像した。たちまちシラけた気分になったが、これまた「私が言い出したこと」なので、どうにもならない。

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「教育」という言葉には「教」の次に「育」という言葉がくっついている。「人にものを教えることにより、 その人を育てる」という意味なのだろう。あるいは「ものを教える」ことによって「育ってほしい」という願いがそこにこめられているのかもしれない。そうした広義での愛がなければ、「教育」という行為はむなしいものになってしまう。愛が欠損した教育などありえない、と信じたい。

そんなことをつらつらと考えつつ客を待った。場所は和風の飲み屋で、4人がけのボックス席を予約していた。開店と同時に店に入ってボックス席に陣取り、自動的に出てくる突き出しを断って、冷奴と冷酒のボトルのみをオーダーした。こうした「自分なりのお膳立て」が好きだった。相手が目の前に来るまでのあいだ、ガラスの猪口で冷酒をチビチビとやりながらあれこれと考えた。
やってきたのは母親だった。じつに意外。思わず「おひとりですか?」と聞いた。

…………………………………………  【 つづく 】

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