魔の絵(13)

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「あの子は……中学生になってセーラー服を着るようになった頃ですが……少しずつおかしくなって……」
「おかしくなった?……性格が変わったとでも?」

母親は説明した。なにを話しかけても、途中から「上の空状態」。なにか別のことを考えている。なにを考えているのかよくわからない。「いまなにを考えていたの?」と聞いても「なんでもない」とか「言いたくない」というそっけない返事。以前はそんなことはなかったのに。なんでもよく話してくれたのに。

「よくある話じゃないですか」私は笑った。「……思春期に入ったのですよ。肉体的な成長と精神的な成長がアンバランスになる時期でもあります。些細なことで落ちこんだり、逆に舞い上がったり……」
「主人とそっくりな性格になってきたのです!」

その言葉は私の話を遮断するようにして飛んで来た。その声には苛立ちさえ感じられた。「そんなことは十分に承知している。そんな話をしてるんじゃない!」とでも言いたげな声音だった。私は彼女の表情を観察しながら言葉を選んでいたのだが、そのけわしい表情に驚いた。「この人は表情が一変する人だな」と思った。激しい気性を隠し持った女性かもしれない。

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彼女は続けた。結婚してから知ったのだが、夫は時々深刻な鬱(ウツ)状態に陥ることがあった。ウツにも色々と程度や症状があるのだろうが、彼の場合は極端な無口になり、全くなにもしない状態で居間のソファーに座り続けた。テレビも見ない。本も読まない。携帯にも出ない。テレビをつけるとすごく嫌そうに顔をしかめて手を振り「消せ」と合図する。音楽も同じ。
「精巧に造られた主人のロボットが壊れてしまってそこにある、みたいな……」
しかし壊れたロボットではないので、意思はちゃんとある。意思はあるが会社には行けない。電話をかけようとさえしない。彼女が会社に電話して、その状況を話すことになっている。

「どれぐらいの頻度でそうなってしまうのですか?」
「……わかりません」
いつそうなってしまうのか、全く予想できない。毎月のように発生した時期もあり、数ヶ月間、発生しなかったこともある。
「つまりそのきっかけは、まったくわからないということなんですね?」

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セーラー服を着るようになった頃、長女にも同じような現象が出始めた。本人にとってもかなり苦痛らしく、「死んで楽になりたい」とか「死んだ方がマシ」とか言いだすようになった。とうとう彼女は長女の腕に明らかなリスカ跡を見つけた。慌てて隠そうとする長女。口論となり、双方共に泣き出す状況となり、長女は自分の部屋に逃げこんで鍵をかけた。次第に自分の部屋にこもるようになり、家族にも入室を拒絶した。7歳年下でダウン症の次女には心を許していたが、次女はなにかを怖がって長女の部屋に近づかなくなった。
深刻な不安を感じるようになった彼女は、夫が通っている精神科医に長女も連れて行った。その結果、長女も毎日錠剤を飲むようになった。夫には毎日4種類の錠剤を飲ませ、娘には毎日3種類の錠剤を飲ませている。

「飲ませている」という表現が気になった。
「つまりあなたが薬を管理している?」
薬は全部、彼女が管理していた。夫にも娘にも「その日に飲むべき錠剤」と水の入ったコップをキッチンのテーブルに置き、それを飲まないことには夕食を出さなかった。「すごい管理の仕方だな」と思い、ふと聞いてみたくなった。
「その薬の効果はあると思いますか?」
「ないはずはないです」

本当にそうかな?……なにを根拠にそう断定できる?……そう思ったものの、そんなことで口論したところで始まらない。私は話題を変えた。
「最近はどうです?……まなみさんの精神状態は安定していますか?」
「おかげさまで」
彼女は微笑し、私は少しほっとした。
「時々外出するようになりました。……以前にはなかったことです。スケッチブックを持って外出してます」
「スケッチブックを持って?」
ザワッと心が震えた。

…………………………………………  【 つづく 】

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