【 魔の趣味-3 】

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制服を来た警官が、悠々とした足取りで夜の繁華街を行く。手ぶらで行ってもいいのだが、警棒を片手にひっさげて行く。
「警棒を?……なんで?……腰から下げて行けばいいじゃん」
警棒と言われても、そんな物はまじまじと見たことがない。今時は黒塗りの金属棒で、三段式になっているらしい。なので短い状態の警棒を右手に、ゆるゆると歩く。なにかを握っている方が、ぐっと落ち着くという。
「警察を見てギョッとするようなヤツはな、すばやくオレの手のあたりとか腰をあたりを見る。……で、警棒を握っているとだね」
「なるほど。ますますギョッとするわけだ」

彼はそのギョッとした相好や態度がおかしくて仕方がない。フィッと視線をそらすヤツ、ニヤニヤ笑って軽く頭を下げるヤツ、手を上げて「やあ!」とでも言わんばかりの笑顔でウィンクするヤツ……じつに様々な、屈折した反応が夜の繁華街には溢れているという。
「つまりだ、強引でしつこい客引きにつかまるイライラもなく、じつに色んなヤツらの屈折した表情を見て楽しむことができる」

ちょっと想像した。確かに面白いようにも思う。まさに特権階級。上から目線。……民放でも時々、夜の街をゆっくりと流すパトカーから往来を睥睨する二人の警官の会話をやっていたりする。どれほどスローに走ろうと、パトカーに向かって苛立ちのクラクションを鳴らすような車はない。彼が面白がる理由もわからんではない。しかしニセ者はニセ者だ。
「本物が来たらどうする?……ギョッとするのはこっちだろ?」
「なあに。いくらでも口実はある」

この点につき、この男は絶対の自信があるらしい。まあ異常なほど警察に興味を持ち内部事情に詳しい男だから、山ほど口実は用意しているのだろう。
「それとな」と彼は笑って言った。「警察というのは、じつは意外なほど保守的、保身的でね。自分と関係のない部署とか管轄とかの任務に対しては、絶対に首を突っ込まない。ヘタに首を突っ込むとヤバイからね」
具体的にはどういうことかよくわからなかったが、このとき私が一瞬連想したのは、アメリカ映画で見たワンシーンだった。なんの映画か忘れてしまったが、カーチェイスなみの猛スピードで犯人の車を追跡していたパトカーが、追跡車が州境を越えた途端に追跡をやめ、あっさりと引き返してしまうというシーン。「そんなんでいいのか」と笑いつつ、「そんなものなのか」と思った記憶がある。

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まあ誰に迷惑をかけているわけでもなし、迷惑どころか、この悪趣味は街の風紀向上に微々たる貢献をしているのかもしれない。しかしこれはもう立派な犯罪だ。自信満々というか、ふてぶてしく笑っている男の顔を眺めつつ、ちょっと意見してみたくなった。
「専門学校でね、コンピュータを使ったグラフィックを教えていたんだけどね」と私は言った。高解像度で絵や「紙焼き写真」をスキャンし、その画像を画面であれこれ加工する技術を教える。すると時々、妙なことに関心を持つ生徒が出てくる。そういうのは大抵の場合、男子受講生だ。彼は1万円札をスキャンし、1枚の紙の両面に印刷してみようとしたりする。そういうバカ者にはただ叱るだけでは不十分だ。脅しをかける必要がある。

「こんな話を聞いたことがある」と私は教室内をゆっくりと見回しながら言う。男子受講生のことも、彼が熱心に制作中の偽札のことにも全く触れないで、説明を続ける。犯罪と知りつつ「周囲のウケ狙い」や個人的興味で偽札を作ってしまう。それは「通貨偽造」という犯罪だ。
「捕まったら、どんな求刑になると思う?」
私は例の男子受講生の席までゆっくりと歩き、彼の肩をポンと軽くたたく。返事をしなかったり、笑っていたりしたら、真顔でもう一度聞く。
「聞いているんだよ。どんな求刑になると思う?」

……………………………………    【 つづく 】

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