【 魔の趣味-5/最終回 】

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私は教師の子である。小学生、中学生、そして高校生時代、父は中学校や高校の美術教師をしていた。教壇に立っていた父を見たことはないので、彼がどのような授業をしていたのか、どのような教師であったのか、それはわからない。しかしなんとなく想像はできる。冗談の多い先生だったに違いない。
家に帰ってきて母を相手に晩酌を楽しんでいるとき、あるいは教師仲間を自宅に招いて小宴会(父はこれが本当に好きで、毎週のようにやっていた時期もあった)をしているとき、同僚である教師や教頭や校長の悪口は常に父の酒の肴であった。

自分が社会人となって酒の席を知るようになり、そのメリットもデメリットも清濁併せ呑むようになってからは、父のこうした「酒の肴」は笑って理解できるようになった。しかし小学生にそれは無理だった。
私は部屋の隅に座り、黙って父の会話を聞いていた。来客の話に興味はなく、父が発する言葉だけに真剣に耳を澄ましていた。その結果「学校の先生」と呼ばれている人々はじつは無能で、自堕落で、人間として最低で、一刻も早く教壇を降りてこの地上からさっさと消滅してしまった方が人類のためによい存在であるという事実を知った。当時の私にとって、父の言うことはすべて正しい事実だった。それを疑ったことはなかった。

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「警察」の場合も、もしかしたら似たような環境で育ち、これに近い視線で警察を見ていたのかもしれない。彼は警察をなめきっていた。限りなく犯罪に近い状況で、ニセ警官を楽しんでいた。
しかしその一方で、ただ楽しむだけでなく夜の繁華街の犯罪の匂いを憂いていた。中国人が繁華街支配の魔の手を着々と伸ばし、ヤクザを駆逐してヤクザ以上の支配をするだろうと予想していた。

さらに彼の予言によれば、日本はこれから先、少子高齢化社会に突入し、労働者不足がますます深刻な問題となってくる。そうした「未曾有の日本の危機」を見透かしたように、南海トラフ巨大地震がオリンピック開催直前に発生する。日本はオリンピック開催どころか、太平洋側の主要都市、東京、名古屋、大阪が同時壊滅し、50万60万もの日本人が消える。
「まさに虐殺」と彼は言った。「……おれたちはな、人生のしめくくりの時期に国家存亡の危機を見る羽目になるのかもしれん」

笑いの絶えない居酒屋での席とはいえ、さすがにこのときは双方ともに声もなかった。我々はそれぞれの思いで酒を口に運んだ。彼がふと私を見た。笑っている。
「お前……もしかしてそれを予見して岐阜の山奥まで逃げたのか?」
「まさか」私も笑った。「……60を越えたら、街を離れて山に住みたかった。ただそれだけだよ」
「ふうん。……まあ、らしいと言えばらしい。そういえばお前は寮生時代に『異常発生した人間は、自然発火的に犯罪を起こす』と言ってたな」
これには笑った。そんなことを言った記憶はなかった。大方酒の席での発言だろう。これだから旧友との酒の席は面白い。彼の記憶の中に、遠い昔の自分が生きている。「通勤電車はマッチ箱だ」と私は言ったらしい。ただの棒が詰めこまれているのではない。絶え間なくマッチ箱を揺らし続ける。すると摩擦で自然発火し、あっという間に箱全体が焔に包まれる。

「おれは相変わらずマッチ箱に乗ってるよ。……で、太平洋側をウロウロしていて、たぶん巨大津波に飲まれて、海に帰る。それでいいと思う」
「まさか」
私はこの言葉を二度も使っている自分がおかしかった。即座に否定したい気分が強かったのだろう。
「お前はしぶとく生き残るよ。津波ごときで消えるような綺麗な男じゃないよ」
我々は爆笑した。

……………………………………    【 完 】

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