パレスチナの希望を描いた「歌声にのった少年」

流血と憎悪の長い連鎖が続くパレスチナ問題は民族・宗教が違う我々日本人にはなかなか理解しがたいところがある。恐らく学校で教わることも少ないだろう。

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パラダイス・ナウ ハニ・アブ・アサド監督 パレスチナ自爆テロ

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2005年に公開されたパレスチナ映画「パラダイス・ナウ」は私に暗い衝撃を与えた映画だった。自治区のナブルスに住むごく普通の若者が、反イスラエル組織の指令を受けてイスラエルのテルアビブで自爆テロを行おうとする。その二人の若者の数日間の葛藤と決断を描いた作品だった。

この映画は日本公開の時はそんなに話題にならなかったと思うが、アメリカの映画評論家が編集した「死ぬまでに観たい映画1001本」に選出されている。私は公開後数年経ってDVDで見たのだった。

この映画で一番印象に残ったのは2人が自爆テロ決行前に遺言のビデオを撮られるのだが、その時の自爆を指令する組織の連中の緊張感のなさだった。撮影に失敗したり、あろうことかパンを食べながらその作業を行ったりする。死に臨もうとする者への厳粛さや敬意がない。
利用され使い捨ての駒として死んでゆくのは若者であるという事実をこのシーンは提示している。戦闘に於いてはいつの世でも何処でもまず若者が犠牲になる。

オマールの壁 ハニ・アブ・アサド監督今年4月にはこの監督ハニ・アブ・アサドの次の作品「オマールの壁」が公開された。自治区に暮らす若者が検問所のイスラエル兵射殺事件を追求され刑務所で拷問や取調べを受けて一時釈放され、後に苦悩の行動をとるストーリーだ。
「パラダイス・ナウ」と較べ、さらに緊迫感と息苦しさが増している。政治だけでなく恋愛の要素が入っていて引き裂かれる恋によって主人公の若者の悲痛さが増していた。

監督はシナリオも書いており、そのストーリー運びも緊迫感溢れる演出もパワーアップしている。映画の強度が増していると言うべきか。刑務所での拷問も怖いし、同じ囚人で主人公に近づいて来た男も怖い。警戒心を解いてうっかりしゃべると自分の身が不利になる。この監督はサスペンスの生み出し方がとても上手い。

2本の映画は映画の質はとても高いのだが正直見ていてツラかった。現実を反映してハッピーエンドとはならない。やるせなく暗澹とする(自分が生きている「運命共同体」である世界の現状を少しでも知ることが出来てよかったとは思うが)。

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さて、好きな映画をもう一本、全国系の劇場で公開中の同じ監督の新作「歌声にのった少年」だ。チラシには楽しそうに歌うバンドの少年少女の姿が載り、前作2作とのイメージの違いに驚く。

歌声に乗った少年 監督:ハニ・アブ・アサド 出演:タウフィーク・バルホーム ナディーン・ラバキー

監督:ハニ・アブ・アサド 出演:タウフィーク・バルホーム ナディーン・ラバキー他

映画は実話を元にしており、結論から言うと、なかなか見ごたえがある。
ガザに住む少年少女がスターを目指そうと努力する(このパートは類型的)。ところが、ある事情で挫折する。
数年後主人公が成長して若者になってからは突然画面に力が漲る。国境を脱出しテレビ番組のオーディションに出ようとする。ハラハラどきどきする。

この監督は若者をリアルに描くのが上手い。特筆したいのはガザ地区を捉えるカメラが素晴らしいことだ。街の様子がよく分かる。パレスチナの窪塚洋介と呼びたい風貌の若者が空爆で損壊した家や建物が見える街を、朗々と唄いながら車を走らせるシーンがいい。歌を聴いた女性の「世界は醜いが、あなたの声は美しい」という言葉が印象に残る。

全体として、暗い現実を撮って来たインディー系の監督が突然、万人に受け入れられる国民映画を撮ったような(?)感じを持つ。ラストの駆け足の展開がやや残念。しかし、パレスチナの希望と言うかパレスチナ人の生活や物の考え方の明るい側面を知ってよかった。
外国人である私は、出来ればバランスの取れる硬軟両方の映画を見て行きたいと思うのだ。

※「オマールの壁」「歌声にのった少年」の画像は公式サイトより。