新鋭中野量太の新作「湯を沸かすほどの熱い愛」

この秋、日本の若手30代、40代監督の新作が相次いで公開され、なかなか力作揃いで、大げさに言えば、質量共に充実した作品が量産された日本映画の黄金時代が再度到来するのではと思う位だ。具体的には「怒り」「オーヴァーフェンス」「淵に立つ」「永い言い訳」「SCOOP!」等だ。

しかし、この秋公開の若手監督の作品中、最も待ち望んだ新作は中野量太監督、宮沢りえ主演の「湯を沸かすほどの熱い愛」だった。
実は監督はこれまで短篇や中篇しか撮っていなくて、宮沢りえ主演上映時間125分のこの映画は初めての商業映画作品となる。

チチを撮りに 中野量太監督 出演:柳英里紗 松原菜野花

amazonで見る

 私が監督の作品を好きになったのは74分の中篇「チチを撮りに」を見てからだ。公開された2013年、「舟を編む」「共喰い」「ペコロスの母に会いに行く」「風立ちぬ」「かぐや姫」など面白い作品が多数あったにも関わらず、この作品をこの年のマイベストにした位、愛すべき大好きな作品なのだ(因みにベルリン国際映画祭などで上映されている)。

親が離婚したため別れて暮らし、もう14年も会っていない父親に会いに若い姉妹が出かけてゆく事から始まる家族の話だ。そう、タイトルの「チチ」とは父親のことで、亡くなる前に父の写真を撮ってくれと母に頼まれたのだ。
ピクニック気分で出かけると全く思いもしなかった展開になっていく。暗い話では全く無い。ユーモアに溢れ随所で笑わせながら、母娘の結びつきや夫婦の愛の問題などのテーマをじわじわっと伝える作品であった。

脚本も監督自身だが、よくもこんなユニークな話を作り上げ、絶妙の会話を紡ぎだし、かつディテールに目を配った演出が出来たものだと感心する。また、この姉妹の現代っ子らしいあっけらかんとしてたくましい存在が良かった(姉を演じた柳英里紗の自然体の魅力に全くマイってしまった位だった)。

さて、新作「湯を沸かすほどの熱い愛」だ。
ガンの宣告を受け余命短い宮沢りえが、一年前に蒸発していた旦那オダギリジョーを探し出し一緒に家業の銭湯を再開させ、また学校でイジメにあう娘を励ましたり、夫の別の子を受け入れて暮らし始めたりして、最後の命を輝かせる話だ。

湯を沸かすほどの熱い愛 中野量太監督 出演:宮沢りえ オダギリジョー

家族の秘密も明らかにされて行き、その解決も図ろうとする。決してお涙頂戴の映画ではないが、観た映画館の場内ではすすり泣きの声も聞こえてきた。

しかし、率直に感想を言おう。佳作にとどまったと思う。前半が平板で浅い。話もありふれているし役者も魅力がない。監督の持ち味だと思うユーモアも乏しい。映像もフラットで映画として不満の出来だ。
ラスト近くは盛り上がってくる。死の直前の宮沢りえの凄絶な表情から一筋流れる涙を見せる演出や、少女達の優れた演技を引き出していてやはり力量を感じる。しかし、ラストのあっと言う映画的な仕掛けももう一つであり、トータルしてもう一歩の出来だと思ってしまう。

厳しい勝手な感想を述べたが、それもこれもこの監督を高く評価しているからだ。映画祭で会った時はニコニコした優しい監督だった。捲土重来を願いたい。

☆     ☆     ☆     ☆

さて、好きな映画をもう一本。監督の特徴が出た短篇をひとつだけ紹介する。
「お兄チャンは戦場に行った!?」(13年)では引きこもりのお兄ちゃんが突然戦場カメラマンになりたいと言い出す。お守りとして、妹にあそこの毛が欲しいと言い出す(!)ところから話が始まる。

お兄チャンは戦場に行った!? 監督:中野量太 出演:小宮一葉 内村遥 細川佳央

監督:中野量太 出演:小宮一葉 内村遥 細川佳央ほか

この話も目の付け所がユニーク。見終わるとユーモアと温かさを持った作品であるのが分かる。つまり、監督は人間を見る目が大きくてかつ肯定的なのだ。
シナリオは緻密に練られ、自然な演出がさりげなく行われている。これは将来大物になって行きそうな監督ではないか。

※「湯を沸かすほどの熱い愛」画像は公式サイトより
※「お兄チャンは戦場に行った!?」画像はシネマZOOより

(by 新村豊三)

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。エッセイ・小説・マンガ・育児日記など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter

スポンサーリンク

フォローする