現代ヨーロッパを生きる女性像二つ「ありがとう、トニ・エルドマン」と「未来よ、こんにちは」

30代の女性が脚本を書き演出もしたドイツ映画の快作を見た。「ありがとう、トニ・エルドマン」と言う作品で、基本的には古今東西ずっと描かれてきた 「父娘もの」である。

ドイツに住む父親が30代後半の娘が暮らしているルーマニアに出かけてゆく。娘は現代のグローバル時代を生きる独身キャリア・ウーマンだ。父親は娘に直接会うのでなく、トニ・エルドマンと言う名のカツラをかぶり出っ歯を口にはめたオッサンに変装し娘の仕事場に出没し始める。ここから実にユニークで見たこともないドラマが始まる。

「ありがとう、トニ・エルドマン」監督:マーレン・アーデ 出演:ペーター・シモニスチェク サンドラ・フラー

監督:マーレン・アーデ 出演:ペーター・シモニスチェク サンドラ・フラー

全く先の読めない展開で2時間半の長尺があっという間に過ぎた。しかも、映画が描くものが今の時代をヴィヴィッドに反映しているし、長さに応じて中身がずしりとある。
まず、「父娘もの」として優れている。父が仕事に追われる娘にちゃんと生きているのかいと問いかけ、生きるというのは毎日生き生きしているということだよ、という言葉をさらりと言ったりする。エリートとしての付き合いでなくいろんな人と付き合えと、地元の心優しき庶民の集まりに連れて行ったりする。
アジアの片隅に暮らす平凡な自分は、現代の優秀なドイツの「できる女」はルーマニアのブカレストへ行ってこんな風にガンガン仕事をしてこんな暮らしをしているのか、と知らない世界を知って新鮮な驚きを感じた。
繊細でリアルな演出に監督は女性ではないかと思ったがその通りだった。例えば、ホームパーティを開く日、着ようとするドレスのファスナーがなかなか上がらない描写があるがこれがリアルでかなり可笑しい(そのあとの展開が驚く。迷うけど、バラしてしまおう。最後には何人かが全裸すっぽんぽんになってしまう!唖然とする程の面白さ)。
この女優さんも表現が月並みだが圧倒的な存在感がある。父親に勧められて地元の人との集まりで唄を歌うシーンも印象的だ。トータル、この作品は久しぶりに心からお薦めしたい一本だ。

☆     ☆     ☆     ☆

さて、もう一本、5月にはこれも同じように女性が監督した、中高年の女性が主人公のフランス映画の好編を見ている。「未来よ、こんにちは」という作品だ。

「未来よ、こんにちは」監督:ミア・ハンセン=ラブ 出演:イザベル・ユペール アンドレ・マルコン

監督:ミア・ハンセン=ラブ 出演:イザベル・ユペール アンドレ・マルコン他

主人公はパリの高校で哲学を教え(かの国はそういうカリキュラムだ)、出版社からは本を出し、近くに認知症が出始めた母が一人暮らしをしていて少々世話が負担になっているものの、人生を十分に謳歌している50代の女性だが、突然夫から好きな人が出来たからと離婚を求められる。そこから少し人生が軋んでくる。
しかし、ショックは受けつつも現実を受け入れ前向きに進んでいく。このヒロインをイザベル・ユペールという女優が実に見事に自然体でリアルに演じているのが素晴らしい。もう若くないし、小柄だがなんか色香がある。常につかつか、つかつか忙しく歩き回る。時々人知れず涙を流すことはあるが、人さまに弱みは見せない。本当にこんな人がいそうな、見事な存在感を示す。
この映画はその演技と演出が見事にあっている。カメラが上手く動く。映画全体が瑞々しさに溢れる。全体として映画のテーストがいい。映像は都会でもヒロインが出かけた田舎でもいい。
多分テーマは「現実を受け入れる」という一つの「哲学」の提示だろう。ここ数年、暗いフランス映画ばかり見てきたが、久しぶりに暗くない、いい映画だった。

以上紹介した2本の映画のように、今年はヨーロッパ映画に、人を生き生きと細やかに捉えた秀作が出てきてとても嬉しい。

(by 新村豊三)

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