お気に入りの名画座「ラピュタ阿佐ヶ谷」と内藤洋子の「あこがれ」

新宿駅から中央線で西に5駅行った阿佐ヶ谷駅の近くに、ラピュタ阿佐ヶ谷という小さなユニークな名画座がある。
「ユニーク」というのは、建物は円筒形でホールは自然の木を使ってあり趣があるし、上映される作品は邦画の名作・傑作に留まらず、我々映画ファンも聞いたことがないような作品がごそっと上映されるからだ。

オーナーの才谷遼さんは日大の芸術学部を出られた後アニメ関係の仕事に付かれて利益を出され、映画ファンへの還元として映画館を始められたらしい。
この名画座では「昭和の銀幕に輝くヒロイン」と銘打ち昭和の女優さんの特集を延々とやっているのだが(朝一回のみの上映)、3月4日から第88弾として内藤洋子特集が始まった。これは私のようなオールド映画ファンにとっては垂涎の企画だ。
内藤洋子さんと、もう一人酒井和歌子さんはアイドルと言う言葉も知らなかった少年時代の、大好きなあこがれの女優さんであった。いや、二人とも庶民的で気取ったところがなかったので、仰ぎ見ると言うより、美しく優しいお姉さま的存在だったのだ。

特集9本の中で初日に見たのが、昭和41年の「あこがれ」だ。
劇場で見たのはこれが3回目。横浜の養護施設で生活する男の子と女の子が大人になって再会し、お互いの境遇の違いを乗り越えて一緒になろうとする映画だ。若者が田村亮で、その相手役が内藤洋子。

映画「あこがれ」監督:恩地日出夫 出演:内藤洋子 田村亮 小沢昭一 新珠三千代 乙羽信子ほか

「あこがれ」監督:恩地日出夫 出演:内藤洋子 田村亮 小沢昭一 新珠三千代 乙羽信子ほか

52年前の当時16歳の内藤洋子の初主演映画であり、初々しくも、時に固く、時に柔和な表情が見事にフィルムに記録されている。この映画は何回見ても泣いてしまう。
土砂降りの雨の中、幼い内藤が労務者の父親に養護施設に連れてこられるファーストシーンから、若者二人が海辺を走るラストシーンまで、至るところで涙が滲んでくる。
お涙頂戴の映画ではないものの、二人がそれぞれの事情の中、健気に生きながら親や相手を思ういじらしさ、また、周囲が最初は二人の恋に反対するもやがて支持してゆく優しさを見るとジーンと来てしまうのだ。その周囲の大人もそれぞれ人間としての弱さを抱えているところがいい。皆、それぞれ苦労して生きている。

好きなシーンがある。若者は裕福な瀬戸物屋を営む夫婦の養子になっているのだが、親子3人で修善寺の温泉に行く。夜、布団に入りながら、鼾をかいて寝ている養父の横で、養母が初めて息子に理解ある言葉をかける。その時、「こんな時にお父さんったら、寝ていて」と言うのだが、養父は冗談じゃねえとばかりに寝返りを打つ。父親は寝ているふりをして実は母子の話を聞いている。無骨で頑固だが優しい気持を持つ父親がさりげなく描かれたいい演出だ。
また、こんなシーンもある。音信不通だったのに突然若者の母親が現れる。北海道に暮らす実母は新天地を求めて横浜港からブラジル行きの船に乗って日本を去ろうとする(嗚呼、60年代)。辛うじて息子が船の出港に間に合い岸壁から手を振って母親を見送る。ここもとても優れている。

叙情的な音楽が切なくてまたいい。難解な音楽で知られる武満徹の手によるのだが、これはひねりがなく真っすぐだ。
小沢昭一、加東大介、新珠美千代、乙羽信子という昭和を代表する名優が脇を支えており(昭和の銀幕にいぶし銀の輝きを放った人たちだ)、この映画は隠れた邦画の名作の一本であると思う。
自分にとって宝物のような一本だが、まだ貧しかった60年代の雰囲気と人の温もりを知っている人ならば、映画ファンならずとも、誰でも心動かされるのではないだろうか。因みに私と同い年の映画評論家野村正昭さんの日本映画の生涯のベストワン。

さて、好きな映画をもう一本!
ラピュタ阿佐ヶ谷のオーナー才谷遼さんには一本だけ監督された作品「セシウムと少女」がある。震災の後2015年に撮られている。17歳の女の子が原発に怯えてセシウムのホットスポットを探してゆくという硬派のテーマだが、七福神が出て来たり北原白秋が出てきたりするファンタジーでもある。とてもチャーミングで初々しい魅力に溢れ、稚戯愛すべき作風は大林宣彦監督に似ているところがあるが、沢山出てくるアニメがキュートで楽しく、ヒロインも可愛い。

「セシウムと少女」監督:才谷遼 出演:白波瀬海来 長森雅人 飯田孝男 川津祐介ほか

監督:才谷遼 出演:白波瀬海来 長森雅人 飯田孝男 川津祐介ほか

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