被爆者の声をうけつぐ映画祭2018での吉永小百合トークと「愛と死の記録」など

去る7月、東京都練馬区にある武蔵大学で「被爆者の声をうけつぐ映画祭2018」が開催され、吉永小百合さんのトークを聞くことが出来た。この映画祭についてよく知らなかったが、いろいろな会場を使って10年以上行われている由。

映画「愛と死の記録」監督:蔵原惟繕 出演:渡哲也 吉永小百合ほか

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吉永さんは、20歳の時出演した1966年の「愛と死の記録」の上映前に登場し、聞き手の記録映画監督宮崎信恵氏の質問に答え、映画撮影時の思い出や反原爆活動への思いなどを語った。
最初にステージに現れた時から、驚くほど、若くお美しい印象を持った。キャパは千人程で立錐の余地のない満員の会場で吉永さんは観客に向かって噛んで含めるように柔らかく諄々と語られた。
話を聞いて初めて知ったのだが、彼女の全120本の出演作のうち原爆関係の作品は、この映画、1985年の「夢千代日記」、2015年の「母と暮らせば」の3本だ。まず、その映画について簡単に述べたい。

「愛と死の記録」は、広島市で店員として働く吉永が工員の渡哲也と知り合いお互いに引かれるが、渡は被爆者であり突然病院に入院し白血病で亡くなってしまう。吉永は悲しみのあまりある行動を取る。モノクロ画面でドキュメンタリータッチが多用されている。脇の、渡の上司である佐野浅夫、医師の滝沢修が画面を引き締めている。初見の私は衝撃的な結末なので胸を衝かれる思いだった。
「夢千代日記」はNHKで放映されたドラマの映画化。山陰の鄙びた温泉街で芸者として暮らす被爆体験のある夢千代(吉永)の物語。池袋の文芸坐で見て佳作だった記憶がある。吉永の出世作となった「キューポラの街」の浦山桐郎が監督している。
「母と暮らせば」は、2004年の「父と暮らせば」の言わば姉妹編。長崎の原爆で亡くなった医学生の二宮和也がゴーストとなって一人暮らしをしている母(吉永)の元に帰ってくる切ないドラマ。監督は山田洋次。

さて、では吉永小百合さんのトークで聞いて興味深かったことを幾つか列挙したい。

「愛と死」に関して・・・最初吉永さんの相手は渡ではなくて浜田光夫だった。喧嘩のとばっちりで怪我してしまい、渡が代役を務めることに。演技経験の少ない渡は懸命に演じ、疲労のあまり、夜の反省会に出てこなかったこともあった。それは撮影に使われた吉永の家の押し入れで寝てしまったのだ。

「夢千代」に関して・・・これを見た被爆者の方から、主人公の夢千代が原爆症で亡くなる結末にしたことについて批判を受けたそうだ。夢千代が生きているからこそ自分たちの元気になっていた、と。テレビ放映の後で、映画で一応の区切りを付けたかったのだが、自分たち製作者側の思いが独りよがりだったと、反省させられた。しかし、この映画がキッカケで原爆詩の朗読が始まったそうだ。

「母と暮らせば」に関して・・・「二宮君がとても上手くて。フェアリー(妖精)のように天才的に演じてくれました」。

とても興味深いお話だった。トークが終わると制服を着た中学生の女の子が花束を渡したのだが、吉永さんは生徒が大泉の公立の中学だと聞いて、「大泉なの?大泉には東映の撮影所があって、私もよく行くのよ」と、すぐに優しい声を掛けていた。まことに人柄の滲み出た一言だと思った次第だ。
総じて、彼女は戦後民主主義の明るい誠実さの化身あるいは象徴である感を深くした。おそらく満場の観客のほとんどが、民主主義と核兵器廃絶運動の輝く旗手であってほしいと願っていたのではなかろうか。

「父と暮らせば」監督:黒木和雄 出演:宮沢りえ 原田芳雄 浅野忠信ほか

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さて、好きな映画をもう一本! 先に挙げた「父と暮らせば」である。原作は井上ひさしが書いた広島弁を駆使した傑作戯曲(新潮文庫)。
原爆で一人生き残った若い娘の元に亡くなった父親のゴーストが現れ、生き残ったことをすまなく思っている娘に対して、「おまいは生き続けるんじゃ」と励ます。
映画は娘を宮沢りえが、父親を原田芳雄が演じた。二人ともに名演で、10年以上経っても思い出して胸熱くなる切なき被爆者映画の傑作だ。

(by 新村豊三)

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