甘辛天丼まいたけ課 序章 一時社員・美味(1)

美味《びみ》の目の前にあるマルコンのモニターには、一時《いっとき》社員募集サイトの画面が表示されている。検索条件を入力するとすぐに、「アナタノ条件ニ適シタ会社ハ3件デス」という聴き慣れた合成音声とともに、詳細画面が表示された。――たった3件か。美味は、丸メガネのテンプル(※つるの部分)を指で少し動かすと、眉間にシワを寄せモニターを睨んだ。マルコンはすぐにその苦い顔つきを感知したようだ。

「ゴ希望ニ添エズ、タイヘン申シ訳ゴザイマセン……」

沈んだトーンの音声がモニターから流れる。顔色を見て謝るくらいなら、高時給でスペシャルゴージャスな募集を100億件表示して欲しいのに。妙に癇《かん》に障るコンピューターである。中古で買った旧式のくせに何がマルチコンピューターだ。美味は噛んでいた米ガムをおもむろにマルコンのモニター上部についているユーザー感知装置の穴にぐりぐりむりむりとくっつけて塞いだ。マルコンは「ア」と短い声をあげた。うろたえているようである。それも癪《しゃく》なので、いつもは作動させたままの自動モードも解除する。

たった3件、されど3件。あっただけマシなのか。「イットキさん」といえども、仕事を決めるのは大変だ。はー。ため息とともに画面を繰る。

「どしたワン?」

美味のため息に気づいたのか、いつの間にかマロンが後ろに立って美味のパソコン画面を覗いていた。細長い鼻を突き出し、幾分フガフガと鼻を鳴らしている。

「次の一時社員の仕事なんだけど、3件しかヒットしなかったよ」

「ワン……」

マロンが顔を画面に近づけた。

「まずは1件目。株式会社アデリキュータ。超立体画像の編集補佐。社長をヨイショできる方を優遇。時給700球《きゅう》……って、最低時給より低いじゃん!」

時給条件を入れずに検索したためだろう。21XX年現在の最低時給は1000球のはずだ。それに社長をヨイショするのもなるべく避けたい業務内容である。人間とはヨイショはするよりもされたいものなのだ。万能犬のマロンだって、ヨイショはするよりもされる方が嬉しいはずである。

「ヨイショ優遇だってさ」

「フガッ」

マロンの鼻息が耳にかかった。美味は次の求人内容に目を移す。

「2件目は、美人山コーポレーション。自社のヒット製品『履くだけダイエット・美人ふんどしシリーズ』の超立体画像作成。および、美人の丸社員たちの肩もみ作業。時給4600球……時給はむちゃくちゃ良いけど、なんで肩もみ?」

業務内容詳細には、美人山コーポレーションの丸社員と副社員は美人のみが採用されるらしいこと、しかし、一時社員に関しては美醜は問わないとのことが記載されていた。これは逆に考えると、いくら有能な人物であっても美人しか丸社員や副社員になれないということである。差別撤退という旗がかがげられて100年経つが現実はこんなものだ。美味は、鼻高々の美人たちに平均顔で小柄な自分が肩もみをしている姿を想像した。ぞわっと寒気がした。自ら美人地獄に飛び込むなんてありえない。

「これが最後か……3件目。株式会社ブラックホール……? 天丼部?」

――ブラックホール!――社名のインパクトが宇宙級だ。しかも、配属部署は天丼部ときた。宇宙に漂う天丼がブラックホールに吸い込まれていくイメージが浮かぶ。会社名と配属部署名を読んだだけで美味はすでに肩を落とした。

「はぁ……。一応読んでみるか……えぇと、業務内容は、超立体画像の編集がメインで雑務も多少あり。時給1900球」

業務内容と時給は一番まともだ。募集している部署は「天丼部」の中の「海老課」であった。配属部の説明には、天丼部は天丼の開発をする部という以外に詳細の記載はない。どういうことか? 食品会社でもなさそうだが……。それよりもやはり気になるのは会社名「株式会社ブラックホール」である。「優良企業」マークはついてはいる。しかし、ブラック……とんでもなくデンジャラス。最高にデンジャラスだ。「ブラックホール」とは、なんでもかんでも吸い込み「無」にしてしまう宇宙の無慈悲な腹ぺこ落とし穴のブラックホールであろう。しかも、会社名に「ブラック」とつけるのはいかがなものか。ブラックな企業の匂いがぷんぷんと匂ってくる。意味が分からない。訳が分からない。とにかく分からない。

検索でヒットした3件とも似たり寄ったりな怪しさである。しかし、美味の学歴と職歴と年齢などの条件だけでなく、現在の慢性的な就職難の社会情勢を加味すると、まだいい方なのかもしれない。美味は、モニターを目は細くして見つめた。

「マロン、どれがいいと思う?」

後ろで一緒に画面を見ているマロンに聞いてみた。マロンは、無言で茶色く柔らかい毛で覆われた手をずいっと画面に伸ばした。その指先は、「株式会社ブラックホール」を指している。

「そっか……」

マロンは滅法に勘が鋭い犬だ。マロンが迷わずに勧めるのであれば、ここがよいのであろう。

「分かった! ここに応募してみる。ブラックホールっていうのと、海老課っていうのが気になるけど、業務内容は超立体画像の編集がメインってあるしね」

美味がそう言うと、マロンは、

「ワン!」

とひと吠えし、美味の肩にポンとお手をした。

(つづく)


浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 序章 一時社員・美味(1)」、いかがでしたでしょうか?

いよいよ始まりました『甘辛天丼まいたけ課』。ここは現代日本と近いようでちょっと違う近未来の世界。「一時(いっとき)社員」「万能犬」など、意味は何となくわかる気がするけどどうなんだろう? という言葉と、「天丼開発」「米ガム」などの謎ワードが混在する不思議世界。美味は天丼部海老課で働く……ことになるのか、乞うご期待!

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