甘辛天丼まいたけ課 序章 一時社員・美味(2)

「株式会社ブラックホール」の「天丼部海老課」の一時《いっとき》社員募集に応募した美味《びみ》に一時社員を仲介する管理会社、一時会社から連絡が入ったのは翌日であった。美味の今まで手掛けた超立体画像作品を含めた提出書類が選考に通り面接に進んだという。一時社員は、会社に一時的に雇われる社員であるが故に、採用も簡易なもので短期間で済む。書類選考通過の翌日に面接をして、翌々日までには採用の可否が決まるのが通例だ。

面接の日、朝食前に身支度を整えた美味は、トレードマークの米粒型のヘアスタイル、ライスヘアーに丁寧にブラッシングをして気持ちを落ち着かせていた。何度やっても面接は苦手である。丸メガネのテンプルをついつい何度も触ってしまっているスーツ姿の美味に、いつものようにマロンが朝食の半生ミルクサンドを作って出してくれた。さらに美味の好物であるマロン特製ミソチーズスープまである。ここ数ヶ月、無職に近い状態の美味にはほぼ収入がない。生活に余裕がない状況なのだが、マロンが面接する美味への景気づけのために特別に作ってくれたのである。

「マロン、ありがとう……」

マロンは、返事の代わりに尻尾を軽く振った。マロンとはペット契約をしてから3年になるが、お世話になりっぱなしだ。こんな自分を飼い主に選んでくれて、本当にマロンには頭が上がらないと美味は常日頃思っている。万能犬と暮らす資格が自分にはあるのか、と感じる時もあるが、マロンがいない自分がもはや想像できない。

朝食を終えると、出掛ける時間であった。

「じゃあ、行ってくるね!」

「てらっしゃいワン!」

お気に入りのジグゾーパズル柄のエプロンをつけたマロンは、美味の顔をぺろりとひとなめし、笑顔で手と尻尾をぶんぶんと振っている。美味は小柄な体を思い切り伸ばし、気合いを入れて玄関ドアを開けた。

「いってきます!」

今回こそ仕事を決めなければ……もう生活費が……ない。

* * *

「で、こちらが今回、御社に応募した天堂美味《てんどう・びみ》です」

10分前に初めて会ったばかりの一時会社の営業担当に促され、美味は頭を下げた。営業担当は、「へのへのもへじ」のような顔の男性で、へのへのとした雰囲気だ。

「よろしくお願いします。天堂美味と申します」

美味が挨拶をした相手は茶色いロングヘアーの長身の男性で、ボーリングのレーンのごとく真っ直ぐな鼻筋、雨宿りができそうなほど長いまつ毛、キラキラ光線を出すであろう涼しげな目元、濡れた黒い宝石のような瞳、太からず細からず長からず短からずのほどよい眉毛、豆乳のようななめらかな肌――であった。その上、フリルがついた白いシャツに真紅の薔薇柄のネクタイを締め、赤いビロードのピッタリとしたズボンを履いている。足の長さは、1kmくらいだろうか。いや、それは言い過ぎだが、イメージとしては25mくらいはありそうだ。とにかく大昔の少女漫画に出てくる王子様のようなのである。しかし、いかんともしがたい残念な点があるのを美味は即座に分かってしまった。

「どうしましたか?」

「いえ……」

美味は丸メガネのテンプルを触りつつ微笑む王子から視線を外らした。

美味が気づいたこと、それは王子に微細なシワが無数にあるということである。一般の人であれば気づかないようなシワだが、視力が良い美味には分かってしまう。美味より少し年上くらいに見えるのだが、実際はもっと高年齢なのだろう。老け王子である。だが、王子なことに変わりはない。王様になることは永遠にない万年王子様といったところか。

「初めまして。私は、天丼部の部長と海老課の課長を兼任している海老沢王司《えびざわ・おうじ》です。……天堂美味さん……ふふ、うちの部にぴったりの美味しそうな素敵なお名前ですね」

海老沢と名乗る万年王子様は、華麗に、しかも自然にくるりとターンを決めると無駄のない動きで名刺を差し出した。美味が受け取ったその名刺には、天丼の横に2本の赤い薔薇が添えられた絵が描かれている。

「あ……天堂美味です。よろしくお願いします」

「ははは、そんなに緊張しないで」

海老沢部長は長いまつ毛の王子顔に細かいシワをたくさん寄せながら笑った。繊細な絹糸のようなシワである。

「今回募集しているのは、天丼部の超立体画像を作成してもらうのがメインの仕事です。香り付きの画像ですね。部全体の仕事となりますが、海老課に所属してもらいます。天堂さんの作品を拝見しましたが、細かい部分も美しく仕上げありますね」

海老沢部長は、美味とへのへのに面談室のソファに座るよう勧めながら、自身も長い足を持て余すように座った。すると、間髪入れず、

「いやぁ、うちの天堂は超立体画像編集のエキスパートでして。微細な箇所の技術が素晴らしいって評判なんです。実はですね、他社からも是非とも天堂を雇いたいという要望を多数いただいているのですが、御社の素晴らしい天丼業務には天堂の超立体画像の編集技術をと思い、今回特別にそちらをお断りして……」

と、先ほど美味と出会ったばかりの一時会社の営業がへのへのと笑いながら嘘八百を並べたて美味を売り込みだした。

「……うちの天堂の香り付き超立体画像といったら国宝級で……」

エンドレスで続くへのへの営業トークに、海老沢部長は、ふんふんと聞いていたが、「分かりました」とひとこと発すると、今度は、うつむき加減でいたたまれなくなっている美味の方を向き言葉をかけた。

「天堂さん、採用試験……という訳ではないのですが、ちょっとお願いしたいことがあります」

「え?」

海老沢課長は王子顔を面談室付属の最新型マルコンに向けると、パチンと細く長い指を鳴らした。

「失礼シマス」

すると、面談室のドアが開き、配膳ロボが入室してきた。お盆の上には、何かが載っている。3つのドンブリだ。そのドンブリは、海老沢課長、へのへのもへじ、美味の3人の前に置かれた。面接でドンブリが出されるのは初めての経験だ。驚いたへのへのもへじの口が「0」になり、顔が「へのへのも0じ」になっている。甘ジョッパイ、極上に素敵な香りが面談室に漂った。前に置かれたドンブリの中から立派な赤い尻尾がはみ出している。「ゴクリ」と美味の横に座っていたへのへのも0じの喉を大きく鳴らした音が静かな部屋に響いた。

しかし、美味の視線は海老の赤い尻尾から離れない。これは……。

「試作品の大海老天丼の試食をお願いしたいのです」

美味の丸メガネの奥の瞳が大きく揺れた。

(つづく)


浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 序章 一時社員・美味(2)」、いかがでしたでしょうか?

採用試験が海老天丼の試食なんてサイコー! と現代日本の普通人ならば小躍りしてしまいそうなところですが、近未来人の美味と海老の間には何かがあるようで……!? これは足の長さ25メートルの老け王子が仕掛けた罠なのか、美味は無事採用されてマロンとの生活を維持できるのか、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>


スポンサーリンク

フォローする