甘辛天丼まいたけ課 序章 一時社員・美味(4)

「だからさ、美味《びみ》は『海老課』に合っていなかっただけだよ」

美味の話を聞いていた友人の葉梨菊代《はなし・きくよ》は言った。

近所に住む菊代は一緒に住む万能犬のクリームと共に、天丼部海老課の不採用を言い渡された美味のために家に来てくれていたのだ。

「うん……海老、だもんね」

美味はライスヘアーを少し揺らしながら返事をした。隣の部屋からは、

「ぴったりワン」

「すごいワン!」

とマロンとクリームの声が聞こてくる。マロンの特技であるジグゾーパズルをクリームと一緒にしているのだろう。クリームは白い小型犬で、中型犬のマロンの半分以下のサイズであるが、マロンとは仲良しだ。二匹とも万能犬なので、人間言語は理解できるし、簡単な単語なら発音もできる。

「ワン!」

そんなマロンたちの楽しそうな声を聞きながら、美味は菊代の優しさに甘えるように口を尖らせながら言った。

「だってさ……海老郎《えびろう》がさぁ……」

「美味! 同じ話は3回までしか聞かないよ。これで海老郎の話は2回目になるけどいい?」

菊代は相談話をよく聞いてくれるし、聞いた内容を他人に話すことは絶対にしない。ただ、同じ話を聞くのは3回までという鉄則がある。しかし、3回以上同じ話を聞かせたことはない。なぜなら、3回聞かせる前に、いつだって菊代は的確なアドバイスと叱咤激励をしてくれるからだ。

「うん、いい!」

美味はうなずくと、先ほどと同じ話を始めた。

* * *

海老郎と出会ったのは美味が10歳の時である。美味の実家に隣接している大自然公園には、海を模したゾーンがあり、そこには魚類や海老や蟹など様々な海洋生物が多く住み着いていて、誰もそれらの存在を気にすることはなかった。そんな中で、風変わりな海老が一匹だけいることに美味だけが気がついていた。目が抜群に良い美味は、ザリガニでもなく、車海老でもなく、ウルトラエビやハイテクエビやAIエビでもなさそうなその海老が、海老らしくない身のこなしをしていたのを知っていたのである。スタスタと二足で歩いたり、パラソルのような葉をつけた笹舟の上に乗って水辺でくつろいでいたり、朝はラジオ体操のような動きもしていた。また、小石に腰掛けて物思いに耽っている様子は哲学者のような雰囲気すらする。いつも一匹で行動していて、海老仲間とつるんでいる様子もない。海老を狙う鳥類などもその海老だけは避けているようだった。

ある日、美味が一人きりで自然公園の海ゾーンを歩いていた時、その風変わりな海老が、岩場と木の間で、二足歩行で葉を集めているところに出会った。

(あ、あの海老だ)

美味の歩いていた場所のすぐ近くにその海老はいる。こんな至近距離で見たのは初めてだ。美味は咄嗟にその海老に声をかけた。海老に声をかける、なんて突飛なことは美味も初めての経験なのだったのだが、自然とそうしてしまったのだ。海老マジック、なのだろうか。

「こんにちは、海老さん」

「……」

海老は立ち止まり、黒く丸い瞳で美味を見つめた後、首を上下に動かした。明らかに美味の声に反応している。そして、持っていた葉の一枚を自身のハサミでエビエビと切り始めた。器用に切り取られていく葉。その出来上がった葉を美味に差し出した。

「何?」

受け取ったその葉は、「こんにちは」という文字に切り取られている。

「すごい、海老さん!」

驚く美味に、海老はぶくぶくと口から泡を出しながら少し海老反った。そして、もう一度葉を切り抜き、美味に渡した。美味を見つめる瞳は、語れる友を得た嬉しさと期待に輝いている。美味に渡したその葉の文字は、「海老郎」であった。

「うみろうろう……。違う……えび……? えびろうって読むの?」

海老はまた首を上下に振った。美味は、ふと近所に住む万能犬のことを思い出した。動物の中で、その種族としては突出した能力を持って生まれる個体が100年前くらいから出現し始め、そういった個体には「万能」という言葉を付けて呼ばれている。この海老はおそらく万能海老なのだろう。見たところ飼い主はいないようだ。どうして言葉を理解できるようになったのか、海老郎の素性経歴は分からない。今はただの野良海老である海老郎の小さなハサミを美味はちょいと触った。

「私は美味っていうの。海老郎、よろしくね」

海老郎は、ぶくぶくと泡を吐くと、ハサミをカチカチカチと3回小さく鳴らした。

この日から野良の万能海老、海老郎と美味との交流が始まった。海老の友達が出来たというのは、子供ながらに家族にも話すのを憚られる。人間・ミーツ・海老。秘密の交流である。今から思うと、おそらく海老郎は他の普通の海老とは話が合わないし、無理に話を合わせると海老郎の疲労が溜まるだけだったのだろう。異端海老の海老郎は、海老グループから仲間はずれにされていたのではないか。万能であるが故の孤独、それである。とにかく、人間の美味との切り取った葉の文字を通じての会話は、海老郎にとって楽しいひとときであったに違いなかった。

「海老郎、明日、私の誕生日なんだ」

ある日、海老郎と別れる前に美味は何気なく言った。海老郎は素早く葉を切り抜き美味に渡した。

(プレゼントあげるよ)

葉の文字を読んだ美味は嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう!」

その時、夕刻を知らせる公園内のマルコン時計が一斉に鳴りだした。

「あ、もう帰らなきゃ。じゃあね、バイバイ。またね」

海老郎はカチカチとハサミを鳴らしながら、美味の帰っていく先を見つめていた。

翌日は、美味の誕生日である。食卓の上は豪華な料理、揚げ物やケーキなど子供が好きなメニューが並ぶ。

「美味、お誕生日おめでとう!」

「ありがとう! わぁ、美味しそう!」

家族に祝われた美味が楽しく会話をしながらご馳走を食べていると、

「そうそう、今日、おかしなことがあったの。エビフライにするために活海老を8匹買ってきたはずなのに、9匹あったのよ。サービスかしらね」

と母が言った。ちょうど、美味がエビフライを食べ終わった後のことである。皿の上には赤い尻尾だけが載っている。美味は嫌な予感がした。エビフライ……海老のフライ……海老……海老?……海老郎!

「え! 海老!?」

「美味、どこに行くの!」

「海老郎!」

玄関を飛び出した美味の目に、タイルの上に落ちている緑色のものが飛び込んできた。一枚の葉だ。ハサミで切り抜かれているその葉は、笑顔の美味の似顔絵であった。

(つづく)


浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 序章 一時社員・美味(4)」、いかがでしたでしょうか?

パラソルつきの小舟を浮かべて思索にふけるインテリジェントな万能海老、海老郎との出会い。そしてあまりにも切ない別れ……美味が海老天丼に涙した、意外な理由。これでは『海老課』での仕事は難しかったと諦めるしかなさそうですが、それより美味の心の傷は癒える時がくるのか、悲しい思い出のプレイバックと不採用のダメージからどう立ち直るのか? 待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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