甘辛天丼まいたけ課 序章 一時社員・美味(5)

「で、そのエビフライが海老郎《えびろう》だったと思ったちゅーことか」

2回目の美味《びみ》の話を静かに聞いていた菊代《きくよ》は、眉間にシワを寄せて、マロンが淹れてくれたアイス泡コーヒーをズズズとすすった。

「……うん。私に誕生日プレゼントの似顔絵を届けようと家に来た時に、海老の仲間がいたから、つい近づいてしまったのかもしれない。もしかして、仲間の海老を助けようとしたのかもしれないし。どちらにしても、次の日からはもう海老郎に会いにいけなくなった……いないのを知るのが怖くて」

話し終わった美味もアイス泡コーヒーをひとくち飲んだ。ふわふわと甘いコーヒー風味の綿菓子のような味だ。

「うーん、どうかな。それはあくまで美味の推測でしかなく事実ではないよ。それに、万能海老ってーのは、簡単に捕まってカラッと美味しくエビフライに揚げられちゃうようなマヌケなもんかね……」

腕組みをして少し首を傾げた菊代は、金髪に染めたアフロヘアーに黄色いツナギというとスーパーファンキーな出立ちだが、発言内容はノーファンキー。堅実な女子なのである。

――実は、そんな菊代に美味は言いそびれたことがある。昨日、24年ぶりに食べた海老がとても美味しかったこと、だ。美味は海老の味が大好きなのを思い出した。「美味しい」というのは海老郎に対して背徳でしかないのだが、海老の旨味成分は美味の味蕾《みらい》にジャストフィットなのである。海老の味を思い出した美味がもやもやとした変な気持ちでいるその時、

「出来たワン!」

「ワンワン!」

と隣の部屋でマロンとクリームの歓声があがった。おそらく、マロンの特技のジグゾーパズルが完成したのだろう。楽しそうな二人の声に幾分心が和んだ美味は、菊代に話を続けた。

「まぁ、確かに海老フライが海老郎だったというのは私の推測でしかないんだけど……で、昨日の話なんだけど、大海老天丼を食べた後に見た海老沢部長の瞳と重なったのは、海老郎の瞳だったんだよね。あの瞳に見つめられると嘘はつけない。海老マジックだよ、確実に」

菊代は「出たっ! 海老マジックかぁ~!」と言ってワハハと笑った後に真剣な顔つきになった。

「あのね、美味。採用は不合格だったけど、私は美味に大合格をあげたいよ! だって、嘘つかなかったでしょ? 嘘つけないのが美味の長所であるわけだ。まぁ、欠点でもあるがね。海老を食べたことは気にしない方がいいよ。海老郎だって他の生物を食べて生きていたわけだからさー。菜食主義だとしても葉っぱだって生きているしね」

「そっか……」

「とにかく海老郎の話は20年以上前に終わったことだよ。過去のことなんか、どーにもならんじゃんかよ。それにしてもさー、私が一番気になるのは、面接の試験のこと! 試験としていきなり海老天丼出すってありえんなー」

「そーかな?」

「だってさ、海老アレルギーの人だっているわけだからさ。美味みたいに海老に異様な思い入れがある人だっているしね。あ、それは、あんまいないか。ははは。――とにかく、美味! 今度、面接に海老天丼出たら、私に連絡ちょうだい。速攻で食べに駆けつけてあげるから」

「天丼面接なんてなかなかないけど、その時は連絡するよ! 菊代、ありがとう!」

「おかわりしちゃうからね。合格間違いなしっ」

「やったぁー!」

美味と菊代があははと笑った時、

「ワン!」

と吠え声とともに隣の部屋から慌てた様子のマロンがやってきた。

「こっち来てワン!」

マロンは美味を隣の部屋へとぐいぐいと引っ張っていく。マルコンの前の椅子には、尻尾を振ったクリームがちょこんと座っていて、こちらを向いて美味においでおいでと手を動かしていた。美味はクリームを膝の上に乗せると椅子に座った。

「通知ガ届イテオリマス」

マルコンからの流れる合成音声が珍しく晴れ晴れと誇らしげだ。吉報なのか?

通知を開くと、一時《いっとき》会社の営業のへのへのもへじからだった。

「昨日は面接お疲れ様でした。お伝えした通り海老課は不採用でしたが、まいたけ課であれば採用可能との話を先方からいただきました。業務内容の変更はありません。ただ、時給が1900球《きゅう》ではなく1850球となります。なるべく早くご返事ください」

逆転採用だ! 時給が50球下がることが気になるが、これで来月からのマロンとの生活費は安泰だ!

「菊代、マロン、クリームやったぁ!」

「美味! 良かったじゃない!」

「ワン!」

「ワン!」

美味は、早速、引き受ける旨の返信をした。

――しかし、「まいたけ課」って何だろう?

序章 イットキ社員・美味 おわり

※次回は「第1章 こんにちは、まいたけ課」です。お楽しみに!

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 序章 一時社員・美味(5)」、いかがでしたでしょうか?

うーむ、海老郎はどうなったのか、案外次の日からも公園で美味を待っていたのかもしれないし、もはや謎の彼方です。
ともあれ、頼りになる親友・菊代のおかげで気持ちが晴れてきたところにさらに朗報が。おめでとう、美味! しかし誰もが美味同様に不思議に思うはず。「まいたけ課」って何だろう? って。本当に、何なんでしょうね、まいたけ課って。その件についてはこう言うしかありません、「待て、次号!」

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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