甘辛天丼まいたけ課 第1章 こんにちは、まいたけ課(2)

赤い絨毯の廊下は明るく、地下であることを忘れるくらいである。美味《びみ》は、先を歩く舞田課長に追いついた。

「ゲートの先が天丼部のエリアだよ」

居室と廊下を仕切る左右の壁の天井近くには、横に長く明かり取り用のはめ込みのガラス窓がついている。どの窓からも光が漏れていて人の気配が感じられる。部屋番号がつけられた大小の会議室が続いた後、様子が変わった。海老色の重厚な作りの両開きの大きなドアが現れたのだ。黄金の光を放つこれは、まさしく漆塗り! 深みがある美しい質感は古来からの伝統工芸品そのものだ。その両開きのドアの左側の扉には、繊細な筆致で「天丼部海老課」と彫られた金色のレリーフが埋め込まれている。重厚な煌めきはまさに本物。金箔かもしれない。そして、右側の扉には、新油水画で描かれた見事な海老の絵がある。絵の隅にはあるのは、美味も知っている有名な画家のサインだ。このドアだけで、何億球《きゅう》かかっているのだろうか。ほうっとため息をついて思わず丸メガネを外して宇宙級のお宝ドアを見つめる美味に舞田課長は言った。

「見れば分かるだろうけど、この部屋が海老課だよ。天堂くんは、海老課に応募したんだったんだよね。ここに勤務できたかもしれないのにね。ははは、は、はは、ははは」

舞田課長の渇いた笑いが廊下に響いた。

「そうだ。海老沢部長に聞いたんだけど、採用試験って大海老天丼の試食だったんだって? 採用試験で大海老天丼が出されるなんて、合格も決まったようなものだったんだよ。ちなみに、海老は僕の大好物さ」

「え、そうだったんですか?」

「だって、海老って最高に美味しいじゃない。高級だし」

「いや、私が驚いているのは舞田課長の海老好きの件ではなく……」

ごにょごにょと言い淀む美味を気にすることなく舞田課長は続けた。

「大海老天丼を出されて不採用だった方が珍しいよ。でも、海老沢部長は『いくら超立体画像の提出作品が良いからといって、海老を悲しいと表現する人は残念ながら海老課に向かない』とか言っていたな。でも、ちょうどまいたけ課に人員の空きができて経費が余ってたから、業務内容は同じで所属をまいたけ課にすることで採用となったんだ。あの海老沢部長にお願いされちゃったら嫌とは言えないさぁ。まぁ、うちは元から予算がないから時給が下がったんだけどね」

そうなのか。色々と合点がいった。そして、海老沢部長の計らいでまいたけ課での勤務が決まったことを知ると海老沢部長への感謝の気持ちでいっぱいになった。この重厚な海老色のドアの向こうに、薔薇に囲まれながら海老沢部長がいるはずだ。そっと耳を澄ますと、海老課の居室からは「バリバリ」という音が微かに聞こえてくる。海老課の社員たちは海老沢部長を筆頭に皆バリバリと仕事をしているに違いない。なんて素敵なんだ。

「あとね、海老課には、天堂くんの代わりに別のイットキさんが入ったよ。あ、次は……」

広く豪華な海老課の居室の横を通り過ぎ、次のドアが見えてくると、急に舞田課長は声をひそめた。

(あ・な・ご・か)

美味の方を向き、丸い顔の丸い口をパクパクと動かしている。

その海老課の隣の居室は宇宙船のような銀色のメタリックなドアだった。そこには、光の反射で七色に光るラメで描かれた穴子の絵と「ANAGO-KA」と書かれた銀色のプレートが取り付けられている。

――しかし、妙なのである。ドアにはちょうど人間の両目と同じくらいに離れた穴が横に2つあり、それを1セットとして、何セットもの穴がドアに空いているのだ。

「……」

「……」

無言でそのドアの前を舞田課長とともに通り過ぎた時、美味は察知した。その穴の全てに、ぼんやりと人間の目が映っていることを。その目は舞田課長と美味を追うようにゆっくりと動いている。でもなぜか、視力のいい美味でもあやふやな感覚を覚える。不思議だ。小さな声で美味は舞田課長に聞いてみた。

「ここは穴子課ですか?」

「しっ!」

舞田課長が右手人差し指を口に当てて、黙れというジェスチャーをした。穴子課の中は、妙にシンと静まりかえっていて、見られているだけではなく、二人の会話も聞かれているように感じる。

「……」

舞田課長は無言のまま静かに首を縦に動かした。

ただならぬ雰囲気に口を閉ざした美味は、舞田課長とともに足早に穴子課を通り過ぎた。ドアからかなり離れると舞田課長はやっと話し始めた。

「ふぅ。あれが穴子課。あの前を通る時は無言の方がいいよ。あの人たち、ちょっと変わっているから」

変わっている風体の中年男性に「変わっている」と言われる穴子課は、相当変わっているのだろう。もしかして逆に、ごく普通の人々なのかもしれないなぁと思っていると、先ほどと対照的に賑やかな声が響いてきた。次の居室は、わいわいガヤガヤと大人数で会議をしているようである。

「では、われわれ合同4課で、新規事業を立ち上げるというのはどうでしょう!?」

「素晴らしい提案!」

「賛成です!」

「しかし、芋と南瓜と茄子と蓮根に対して、他の課がどうでるか……」

「私たちの結束力にどの課だって太刀打ちできないわ!」

「そうだそうだ!」

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第1章 こんにちは、まいたけ課(2)」、いかがでしたでしょうか?

見事な海老の新油水画のある海老課に奇妙な穴の空いた穴子課に続き、芋・南瓜・茄子・蓮根の合同四課。みんなどんな仕事をしているんでしょう。そもそも、いずれ劣らぬ個性的な面々の揃っていそうなこの「天丼部」って、何? 天丼作っているワケではない? 根源的な謎は解けないまま、美味たちはまいたけ課に一歩また一歩と近づいて行くのであります。待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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