甘辛天丼まいたけ課 第1章 こんにちは、まいたけ課(3)

異様な盛り上がりの会議である。廊下にまで丸聞こえの発言からすると、その大部屋は4課合同の部屋らしい。いかにもオフィスといった白いドアには、「芋課」「南瓜課」「茄子課」「蓮根課」と課名が列挙された一枚のプレートが掛けられている。さらに、そこにはニコニコ笑顔の芋と南瓜と茄子と蓮根の2頭身のキャラクターが仲良く手を繋いでいるイラストが添えられていた。

「こちらが、4つの課が合同で使用している居室。元々は4部屋に分かれていたんだけど、一緒じゃなきゃ嫌だって課長たちが海老沢部長に直訴してこうなったんだよ。大きい声で言えないけど、ここの課長たちはトイレ行くのも一緒なんだ」

と舞田課長は大きく野太い声で説明したが、その声をかき消すほどの高揚した数々の発言が合同居室から聞こえてくる。

「われわれメジャー系お野菜4課の画期的な企画でこのブラックホールに新風を巻き起こそうぞ!」

「いいぞいいぞ!」

活発な議論が進んでいるようなのだが、肝心の企画についての討論が全く聞こえてこない。しかし、会議は滞りなく進んでいるようだ。芋南瓜茄子蓮根のお野菜4課にとっては具体案がない会議でも盛り上がれるのは、仲良しがゆえに当然なのか。

「盛況ですね。仲の良さが伝わってきます。トイレにも一緒に行く仲良しというと、若い女性の方たちが課長なんでしょうね」

「いや、4人とも40代後半の男性だよ」

「え……?」

「うらやましぃよぉ。僕も連れションする仲間が欲しいよぉ」

冗談か本気か判別のつきづらい声色である。話を聞くと、どうやらまいたけ課は舞田課長以外は女性しかいないようだ。

笑い声さえ飛び交う会議中の仲良し連れション4課の長い合同居室を横目に歩いていくと、徐々にジメジメと湿気を帯びてきた。雨の日の部屋干し洗濯物のような匂いがうっすらとする。随分と歩いてきたなと思い振り向くと、例のゲートははるか向こうに見える。遠くから見て気がついたのだが、そのゲートの形状は天丼のドンブリであった。どうりで既視感があったはずだ。ドンブリだと分かりスッキリはしたが、目指すまいたけ課の居室はまだなのだろうか。次の部屋くらいだろうか。はぁ、疲れたなぁ。もぅ帰りたいなぁ。美味の足取りが重くなった時、

「次の部屋は、ししとう課」

と舞田課長は、緑色の塗装の簡素なドアを指さした。

「ししとう課……ですか」

「ししとう課は、ま、いろいろ、と。近すぎるから、ね」

「はぁ」

何が近いのかなぁと思っていたら、すぐに次のドアが現れた。本当に近い。それは茶色の古びた木製のドアで、ところどろこに舞茸のリアルなフィギアがくっついていた。視力が良い美味が見ても細部までよく再現されていて偽物のようには全く見えないリアルさだ。

「この舞茸、よくできてますね。本物みたい」

「本物だよ」

「へ?」

「自生しちゃってさ」

どうりで美味が偽物に見えなかったわけだ。ドアに本物の自生した舞茸をくっつけた課は、もちろん……!?

「ここがまいたけ課だよ」

当たりだ。まいたけ課である。嫌な予感もドンピシャだ。舞茸が張り付いたドアを見つめながら、はるか昔に見た漆塗りの海老課のドアを思い出した。差は歴然としている。そういえば、いつの間にか、足元は赤い絨毯でなく、くすんだワゴワとした材質のシミだらけカーペットに変化していて、そのカーペットの隙間から小さな舞茸がちょこんと可愛らしく顔をのぞかせていた。

「戻ったよ~」

張り付いた舞茸たちをぷよぷよと揺らしながら、舞田課長がまるで自分の家に帰ってきたかのようドアを開けた。

「舞田課長、おかえりなさぁい」

美味は居室の中に足を踏み入れた。

あれ? キノコが2つ……と舞茸がいっぱい……

幻覚かと思う光景だ。

まいたけ課の居室の手前には4つのデスクが向かい合わせに置かれて島になっており、そこに2つのキノコが座っている。そして、デスクの島の向こう側、部屋の半分以上を占める場所は、室内菜園のようになっており舞茸がたくさん生えている。また、窓のない部屋のひとつの面には全体にカーテンが吊り下がっていて、それは舞茸の柄だ。異様にキノコ度が高い部屋なのである。

「舞田課長、思ったより早かったですねぇ」

キノコが喋った……と思ったら、デスクのキノコたちは本物のキノコではなく、キノコカットの人間の女性たちであった。一人は、赤い髪をところどころ白い斑点に染めていてベニテングダケにそっくりだ。もう一人の舞田課長に話しかけたキノコの方は、少し長めのこげ茶色の髪なのでシメジといったところか。同じキノコカットでも、完璧に同じではない。また、服装も似ているのだが、丈や柄や色や素材が少し違う。髪型や服は社則で決まっているのだろうか? 美味は縦長の楕円を描くライスヘアーなので、彼女たちに近い髪型ではある。キノコのような髪型が3人揃ってしまった。いや、違う。舞茸カットの舞田課長がいた。4人全員だ。

「彼女が今日から勤務する新しいイットキさんだよ」

微笑むシメジと対照的に、ベニテングダケは苦々しい顔つきである。美味は、二人に向かい頭を下げながら挨拶をした。

「よろしくお願いします。天堂美味と申します」

シメジがハツラツとした笑顔のまま返答した。

「私、丸社員の真茸真音《またけ・まね》と言います。よろしくね。天堂さんって面白い名前だね。何歳なの?」

初対面でいきなり歳を聞かれて戸惑ったが、相手は汚れを知らないようなピュアな笑顔でこちらを見ている。

「はぁ、30代半ばですが」

「若く見えるねー」

なんだ? 喜んでいいのか? 怒るべきなのか? とにかく、美味はこの流れであれば、相手の歳も聞いてよいだろうと思い聞いてみた。

「真茸さんはおいくつなんですか?」

「やだぁ、女性に年齢なんて聞くものじゃないわよぉ」

シメジは突然プンとした顔になった。その返答に美味の瞳は点になる。

「確か真音ちゃんは、28くらいだったよな」

舞田課長がズズズとお茶を飲みがら口を挟んできた。シメジは美味よりも年下らしい。

「ヤだ、舞田課長! 当たりですぅ。あ、あと、天堂さん、私のことは苗字の『真茸さん』じゃなく名前の『真音さん』って呼んでね」

「そうそう、僕と真音ちゃんは苗字が似ているからね」

美味は丸メガネのテンプルを触りつつ言った。

「……真音ちゃん……ですね」

「違う、違う。『真音ちゃん』じゃない! 『真音さん』だよ! よろしくね!」

そう言いながら真音は、光を放つほどの微笑みで美味の両手を取り力強く握手をしてきた。

「はぁ」

その会話を聞いていたもう一人のまいたけ課のメンバー、ベニテングダケは毒キノコのごとく苦々しい顔をしている。舞田課長が臀部のように二つに割れた丸いアゴ先をベニテングダケに向けた。

「天堂くん、そっちの毒キノコみたいな頭の人が副社員の森木きの子《もりき・きのこ》くん。彼女は、キノコ栽培のプロなんだ」

ベニテングダケの名前は、見た目通りの納得の名前、「きの子」であった。

「天堂美味と申します。よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

意味深な視線を美味に送りながら、きの子は軽い会釈をした。

「さてと、天堂くんの席だが、きの子くんの隣になってもらおう」

エヘンと空咳をして舞田課長は言ったが、そもそも余っている席はそこだけだ。美味は、きの子の隣の席に座った。美味の前は真音、斜め前が舞田課長という配置になる。舞田課長と真音の後ろには、入室した時から気になっていた舞茸柄のカーテンが一面に掛けられている。着席した美味が手持ち無沙汰で舞茸柄を見つめてると、カーテンの上の隙間から緑色の小さなものが現れ、こちらに飛んできた。舞田課長と真音はそれに気づかない。その緑の小さなものは、するりと美味の席に着地した。

(つづく)

※次回の掲載は、2022年1月9日(日)となります。次週2022年1月2日(日)は休載です。よろしくお願いします。


浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第1章 こんにちは、まいたけ課(3)」、いかがでしたでしょうか?

一見美味しそうで食べたらちょっと食あたりしそうな変なシメジこと真音さんに、見るからに毒のありそうなベニテングタケこときの子さん。美味がまいたけ課の同僚たちと対面したところで、次回は新年明けて1月9日の更新となります。さて来年は、この天丼部まいたけ課を舞台にどんな不思議ワールドが繰り広げられるのか!? 今年も読んでくださってありがとうございました。来年もよろしくご愛読ください。みなさま、良いお年を!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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