甘辛天丼まいたけ課 第1章 こんにちは、まいたけ課(4)

舞茸柄のカーテンの上の隙間から飛んできて美味《びみ》の席に着地したもの、それは小さな緑色の紙飛行機だった。

横を見ると、毒キノコのような赤い頭のきの子がニヤリと笑いながら、つまむような形にした両手を近づけたり遠ざけたりして左右に小さく動かしている。「開けろ」のジェスチャーだ。前の席の舞田課長と真音《まね》は、打ち合わせ中のようでこちらを気にしていない。促されるように美味は小さな紙飛行機をそっと開いた。

(天堂《てんどう》さん、初めまして。よろしくね。困ったことがあったらいつでも相談に乗るわよ。 ししとう課 課長 志藤獅子絵《しとう・ししえ》)

ししとう課の志藤課長という人物からのメッセージであった。きの子が顔を近づてきて紙飛行機の中身を盗み読むとまたニヤリと笑って何事もなかったかのようにマルコンに向き直って仕事を再開している。きの子に紙飛行機のことを聞きたいが、どうにも話しかけづらい雰囲気である。

美味は手の中のミステリアスな小さな緑色の紙飛行機のメッセージを見つめ首を傾げた。この紙飛行機は一体なんなのだろう? 志藤課長と名乗る人物が、舞茸柄のカーテンの向こう側に飛行機を飛ばす仕掛けをしていたのだろうか? 友好的な内容ではあるが不思議なメッセージだ。

(うぅむ……)

何もすることがないまま、ぼんやりと手元を見つめる美味に舞田課長がやっと気づいた。

「天堂くんは、今日はまだお願いする超立体画像編集の準備ができてなくて、やることがないなぁ。天丼部の第一弾商品の発売まであまり期間がないから、資料が揃ったら忙しくはなるんだけど……。今日は、暇だからちょっとお使いしてもらっていいかなぁ」

「はい。承知しました」

美味は咄嗟に開いた紙飛行機をポケットに入れた。

「じゃあさ、これを米部まで届けてよ」

渡されたのは雑多な紙類が挟まれたバインダーだ。これと似たようなものを郷土博物館で見た覚えがある。

「それは、回覧板。大昔に居住地のコミニュティで連絡事項を伝達するために回していたものだよ」

「これを届けるのですか?」

マルコンで済むのに……と思った美味を舞田課長はすぐに察したようだ。

「普通ならマルコンで済むんだけどさ。社長がさ、部や課をまたいだ社員同士のナマの交流が必要だ! とか言い出しちゃってアナログなシステムを導入したんだよね。あ、中身読んでいいよ」

バインダーを開いてみると、そこに掲載されているのは社食メニューや社内報など、他愛もない情報ばかりだった。パラパラとめくると、今月に誕生日を迎える社員のインタビュー記事が目に留まった。「真茸真音《またけ・まね》」の文字があったのだ。記載されている誕生年から計算すると、真音は30歳であり28歳ではない。また、顔写真は、キノコカットではなく、お団子状に黒い髪を上部に2つに結った髪型で、白黒の服装にハの字の楕円の黒縁メガネをかけている。まるでパンダである。キノコの前はパンダだったのか。とんだファンシー女子だ。見入っていた美味は、舞田課長の声で我に返った。

「次に回覧板を渡す米部米課の場所は裏に書いてあるから」

回覧板の裏には、回す順番とその居室番号、簡単な地図が書かれていた。天丼部ではまいたけ課が最後で次は米部米課らしい。

「舞田課長、海老課との会議がもぉすぐですよぉ」

ポータブルマルコンと大量の舞茸が入った籠を抱えた真音がドアの前で舞田課長を呼んでいる。舞田課長も舞茸の籠を持つとその中をゴソゴソ掻き回し「あったあった」と呟きながらキーホルダー型のプチマルコンを取り出した。

「これから会議だから、もし分からなかったら、これでなんとかして」

それを美味の方に放るように渡した舞田課長は真音とともに急いで出て行ってしまった。

* * *

舞田課長たちのすぐ後に美味も居室を出た。陰気な毒キノコにしか見えないきの子と二人きりの部屋はなんとなく居づらい。紙飛行機が飛んできた舞茸柄のカーテンも気になる。

廊下に出た美味は、舞田課長たちが入っていった会議室を通り過ぎ、回覧板を抱えたままドンブリゲートに向かった。目指すは米部米課である。

「米部米課か……素敵な部署だな。でも、地下2階かぁ」

美味はライスヘアーを思わず触った。今日もツルツルとササニコシキヒカリのような良い手触りである。到着したドンブリゲートをくぐり、階段ブースに辿り着いた。次は、この暗い階段を下りなければ……。恐る恐る一歩階段を下ると、自動で電灯がつき眩しいほどになった。明るくなってホッとはしたが、逆に良く見えすぎて怖い。螺旋階段は、はるか下まで続いていて、中央吹き抜けからは冷たい風が舞い上がってくる。足早に階段を下りて地下2階に着いた美味は、階段ブースから内部へと急ぐ。そこは、お米型のゲートがあった。

「素敵な形!」

美味のライスヘアーと同じ形である。親近感が湧くゲートを美味は躊躇なくくぐった。――しかし、

「ノット・ゴッハーン」

という電子音が鳴り、お米ゲートの周囲に赤いランプが点滅する。そして、美味の入場を阻む弾力ある膜が通路に張った。膜でバウンドした美味は、体勢を崩し床に手をついた時、キーホルダー型プチマルコンを握っていたことに気がついた。そうだ、これでなんとかなるはずだ!

「米部ゲートの入場を許可して欲しい」

美味のその言葉にプチマルコンが反応した。

「ゴッハーン」

お米ゲートのランプが緑色に変わった。まるで緑の稲穂の中に巨大な米粒が現れたようである。

「お、入れそう」

美味は、お米ゲートにそっと足を踏み入れてみる。思った通り。ゲートを無事通過することができた。

中はお米色で統一された壁色の会議室や実験室がたくさんあるようだ。天丼部とは違い、廊下は複雑に交差していて見通しは悪い。

「米部米課は、どこだろう」

回覧板の地図を見ると、米部米課はゲートを左奥に進んだところらしいが、簡略化され過ぎて分からない。しかも、その場には地図も居室名の類も見当たらない。とりあえず、左奥を目指そう。プチマルコンがあるし大丈夫。――しかし、美味のその思いは楽観でしかなかったのであった。

* * *

何時間たったのだろうか……。進んでく先々は、同じ場所のようでもあり、初めての場所のようでもある。居室内には人がいる気配はするが、廊下に誰も出てこないし、ドアには鍵がかかっていて呼び鈴もない。頼りのプチマルコンはゲートに入ってからは全く反応しなくなってしまった。

そう、美味は、地下の米部の巨大迷路で迷子になってしまったのだ。昼休憩開始と終了のベルが鳴った時も、社員たちが居室から出入りする様子はあったのだが、入り組んだ廊下のため、近くにいるはずの社員たちに会うことはできなかった。

「グー」

美味のお腹が鳴った。マロンが作ってくれた朝食から何も食べてない。疲れと焦りと空腹でやりきれない気分だ。自然と独り言をつぶやいてしまう。

「こっちかな……いや、違う、さっきと同じところ……でもないか」

いつしか美味は、古びた実験室のエリアに入ってしまったようだ。

「……また同じ場所に戻ってきたのかなぁ……やっぱり誰もいない……」

ここまで誰にも会わなかった。これからも誰にも会わないかもしれない。もうダメだ。マロン、ごめん。このままもう二度と会えないかも……。マロン……。

(ワン)

幻聴だろうか。マロンの声が耳奥に響くとともに、美味はマロンの茶色く柔らかい毛並みを思い出した。

「……いかん……マロンのためにも生還せねば!」

美味に気合が入った。こうなったら奥の手である。社会人としてあるまじき行為ではあるが、背に腹はかえられぬ。美味は、近くの古びた部屋のドアを思い切りノックした。ガンガンゴンゴンと猛烈に!

「誰か! 開けてください! お願いです!」

何度でも叩いてやる! 出てきやがれ! もっと叩いてやろうか、げへへへ! と、腕を振り上げた時、

「ドアを叩くのは誰なんだね?」

と言う声とともに予想外に早くドアが開いた。バランスを崩した美味は、そのまま倒れ込む。

「わ、君! 大丈夫かね!」

中から出てきたのは、白衣を着た面長でお米のような顔の白髪の痩せた男性であった。

「……た、助かった……。あなたは……?」

「私か? 私は米部の部長で米課の課長を兼任していて博士でもある米田博士《よねだ・はかせ》博士部長課長だ。略して米田博士と呼ばれている」

目指す米部米課である! 美味は回覧板を米田博士にずいっと差し出した。

「天丼部まいたけ課からの回覧板です!」

「おぉ、ご苦労。ところで、お米のような素晴らしい髪型の君は誰かね?」

回覧板を受け取った米田博士は美味のライスヘアーを感心したように見ている。

「私は、まいたけ課に今日から仕事をすることになった一時《いっとき》社員の天堂美味です。回覧板を届けられず、遭難するのかと思いました」

「まぁ、よくあることだ」

「よくあるんですか!?」

「1年に1回くらいはある。米部では仕方がない」

米田博士から聞くところによると、米部は、会社の中枢ともいえる最重要部署で機密事項が多数あるので、安全のため地下2階より下に居室や研究室などを構えているらしい。また、ゲート入場後は、米部以外のマルコンは作動させないようなシステムになっているそうだ。美味のプチマルコンが動かなかったはずである。そんな米部では、米糠を利用したクリーンな米エネルギーなどの開発も行うほか、美味が知っている身近な商品も多数開発しているようだった。

「あれもこれも米部が開発していたのですね! すごいです!」

「ふふ、そうかね」

お世辞ではない美味の心からの言葉に、米田部長は米型の顔を緩ませた。すでに打ち解けているライスヘアーの美味とお米顔の米田部長の会話は続く。

「米部だけは例外的に地下にあるが、地上階に関しては、階が上に行くほど売り上げが良い部門が入っているんだよ」

「……売り上げ順、ですか」

米田博士が言うには、地下1階に天丼部がある理由とは、新規部門であるためと、発売前商品で極秘事項が多いためということであった。美味が見た一時社員の募集に配属先の業務内容の詳細の記載がなかったのは発売前商品に関連していたためであろう。とにかく、天丼部は今後の業績によっては地上に上がれる可能性もあるということだ。少しホッとした美味は、ふとあることを思い出し聞いてみた。

「米田博士、ところで、ここの会社の名前ってなんで『ブラックホール』なんですか?」

「それはな……」

米田博士が口を開いたその時、

「米田博士!」

という緊迫した声で二人の会話は中断された。一人の白衣を着た社員が慌てた様子で走ってやってきたのである。その白衣の胸ポケットには「小米田《こよねだ》1号」と刺繍されている。

「米田博士、急いでください! コメールA分子が増殖し始めました!」

「小米田1号、本当かっ!」

高ぶる声をあげた米田博士は小米田1号とともに、美味を置いてどこかへすっ飛んで行ってしまった。

(つづく)


浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第1章 こんにちは、まいたけ課(4)」、いかがでしたでしょうか?

初出勤早々、ミステリアスなメッセージは受け取るわ、会社の中枢・米部に迷い込むわ、妙な博士に会うわ、やはり普通の会社とは思えません。株式会社ブラックホール、そこは謎のアドベンチャー企業。社名「ブラックホール」の由来を聞きそびれたけれど、どうやらそれどころではないようで……!? 米部から無事生還できるのか、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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