甘辛天丼まいたけ課 第2章 真似する真音さん(4)

ししとう課の志藤課長とまいたけ課の真音《まね》が、一緒に仕事をするようになり数日経った。ワームホール対策会議で発表する企画を着々と進めているようだ。真音は、まいたけ課の通常業務と兼務であるため、まいたけ課の居室にいるのは一日の半分の時間だけだ。残りの半日は、志藤課長が企画業務を内密に進めたいというので、会議室をひとつを借り切ってそこで仕事をしている。今、真音は志藤課長と仕事中なので、カーテンの向こうのししとう課には誰もいないことになる。さらには舞田課長も会議ばかりで不在が多く、美味《びみ》ときの子は丸社員たちがいない居室で伸び伸びと仕事ができている状態なのである。

「天堂さん、あの人たちいないと仕事はかどるよねー」

「確かにそうかも」

舞田課長や真音がいてもいなくても決まった仕事を納期までにしなければならないのは変わりはないが、気分的に違うものなのだ。舞茸ラボの舞茸たちも生き生きしているように見える。

「しかし、志藤課長は、なんで真音ちゃんを指名して企画をしようと思ったのかなぁ。志藤課長は、なんでも一人で全部こなしちゃえる人なのに」

「見た目からして、デキル感じは伝わってくるよ」

「志藤課長に部下がいないのは、一人で仕事ができすぎちゃうから必要ないんだよ。しかも、仕事ができることを鼻にかけたりしないのもいいんだよね。頼り甲斐があって、どこかの舞茸男子とはえらい差だよ」

「舞茸男子って一人しかいないじゃん!」

美味は、舞田課長の舞茸ヘアーを思い出し、思わず笑ってしまった。きの子もベニテングダケの赤い頭を揺らして笑いながら話を続けた。

「私が入社したのは、1年半前くらいなんだけど、『舞茸栽培試験の補助』業務で入ったはずなのに、舞茸栽培について全部担当させられてさ。副社員会社の営業にクレームを言っても、案の定、うやむやにされるだけ。で、たまたま、私しか居室にいなときに、回覧板を回しに志藤課長が来てね。その時、志藤課長に色々と話を聞いてもらったんだ。その後、志藤課長が舞田課長に厳しく言ってくれたから、状況は改善されたんだよ。とはいえ、結局、舞茸栽培なんてあの人たちが手伝っても足手まといなだけだから、私がやっているんだけどねー」

「そんなことがあったんだね。あーあ、志藤課長が上司だったら良かったのになぁ」

「あ、そうだ。明日、志藤課長と飲みに行くから天堂さんも来なよ。歓迎会もしてないし」

「行きたい!……けど、お金がないから無理かも……」

「大丈夫! 歓迎会だから私と志藤課長でおごるよ!……って、志藤課長が私の分もおごってくれそうだけどね」

美味ときの子の会話を中断するようにドアが開いた。中に入ってきたのは、真音である。真音は有能で聡明で多忙なビジネスウーマンの雰囲気をキャラメル色のスーツとともにまとっている。

「ただいまぁ! ふぅ……できる丸社員って大変だわぁ。あ、そうそう、志藤課長から回覧板もらってきたわよぉ。私、忙しいから、天堂さんときの子さん、先に読んでね」

美味は、真音から回覧板を渡された。

「ただいまー」

そこに舞田課長も戻ってきた。居室に入った舞田課長は会議で聞いてきたことを言いたくてたまらない様子で、すぐに話し始めた。

「ねぇ、僕の部下たち、さっきの会議でワームホールに関する最新情報を入手したよ。どうやらね……こちらの情報が漏れている可能性もあるらしいんだ。この会社にスパイがいるかもしれない……」

「えっ、スパイ!? 本当ですかぁ!?」

物騒な言葉に皆の仕事の手が止まる。舞田課長は、わざとらしい神妙な面持ちだ。

「うん、僕が思うには……」

勿体ぶったように小声になっていく。

「……穴子課が怪しいと思うんだ」

あの穴子課だ。その居室の前を通るたび、覗き穴から監視されている感覚がするあの穴子課である。

「……穴子課ですかねぇ」

「……穴子課かもな」

「……穴子課かぁ……」

美味も真音もきの子も、自然と小声になっている。珍しく全員が舞田課長の推察に同意しているようだ。しかし、ふと、美味は数日前にトイレそばの倉庫で見た清川のことを思い出した。――人目を避けるように誰も来ないような場所でプチマルコンを操っていた清川のことを。

* * *

昼休み、真音は回覧板を開いていた。美味ときの子はすでに読み終わっている。

「今回の丸社員インタビューは……海老沢部長だわ! ふんふん……」

真音は、「まるあげドーナツ」の新作ドーナツ「ひとみスペシャル」を食べつつ回覧板を読み、ぶつぶつと独り言を言っている。その声は聞きたくなくとも耳に入ってしまう。

「ふんふん……海老沢部長は、海老の次に好きなのは鳩……へぇ」

美味もきの子も先ほどすでに読んだ記事なので内容は知っている。海老沢部長は、観賞用銀鳩が好きらしく、鳩の美しさと素晴らしさをフルカラー写真満載の見開き10ページに渡り、とくとくと語っていたのだ。ちなみに、いつもの部長より格下の丸社員インタビュー記事は白黒の見開き1ページだ。

「海老沢部長がなんだって?」

舞田課長が回覧板を覗き込んできた。

「海老沢部長ってぇ、鳩がぁ好きらしいんですぅ」

「なんだって!? 海老沢部長が鳩好きなんだって!? 天丼部の至宝ともいえる海老部の部長様が好きなものなんて、最高に素晴らしいに決まっているよな。どれどれ、真音ちゃん、ちょっと見せて」

鳩の写真を見た舞田課長はすかさず言った。

「綺麗な鳩だなぁ。さすが海老沢部長。本当に海老沢部長はセンス抜群だよ。この鳩も最高に美しい! 海老の次に美しい! ついでに海老沢部長も美しい! 海老万歳! 海老食べたい!」

あたかもそばに海老沢部長がいるかのような褒めっぷりである。海老への憧れが痛いほど伝わる舞田課長の声を聞きながら、真音は回覧板の鳩の写真をどんぐりまなこで見つめている。

「そうね……綺麗な鳩ねぇ……」

真音の瞳が怪しく光った。美味には、その真音の瞳の輝きを最近どこかで見たような記憶があった。

次の日の朝である。

「おはよぉございまぁす!」

美味がまいたけ課のドアを開けると、例の元気指数最高点の声が聞こえてきた。そこにいたのは、昨日の清川的な真音ではない――きわめて鳩的な真音である。まさかの鳩……。しかし、アバンギャルドにかっこよくキめている。銀色のスタンドカラーのワンピースは、胸部分が光によって七色に輝く素材だ。袖口は広く翼のようである。その服に鳩の足のような渋めの赤い色のタイツと靴を合わせている。髪は銀色の丸いショートで、さらに両方の小鼻の横に5球《きゅう》硬貨ほどの大きさの白く丸いピアスのようなものをつけている。そう……清川スタイルは数日で終了。今度は鳩に変身したのである。

すでに出社していたきの子は、鳩になった真音を見て、もう楽しくてしょうがないといった顔である。

「真音さん、美しい! よ! おしゃれ番長! オシャレンジャー!」

さんざん真音を持ち上げている。丸社員をヨイショする業務とは、こんなことを指すのか。そして、恐ろしいことに、そのヨイショに真音はまんざらでもない様子だ。

「ありがと。きの子さん」

全てをプラスに受け取る真音、美味はそんな真音の性格を真似できるなら真似したいくらいである。そこに、

「失礼するわ。あら、真音さん!」

と志藤課長がまいたけ課にやってきた。真音の鳩の姿を見て、一瞬驚いたが、すぐに満面の笑みになっている。

「素敵よ! さすがね、本当にいいわ! 鳩だけど鳩じゃない、アレンジの中にオリジナリティがあるわ。すごいわ、真音さん」

志藤課長のベタ褒めときの子のヨイショに真音は10000%の笑顔だ。

「ありがとうございますぅ。ぽっぽ」

ん? 今、鳴いた? 美味は思わず丸メガネのテンプルを触った。耳を澄ませてみると、「ぽっぽぉ」とやはり真音が鳴いている。鳴いてる真音の片方の白い鼻ピアスがポロリと落ちた。どうやらピアスではなくシールだったようだ。真音は、「ぽろっぽー」と言いながらシールを拾い、何食わぬ顔で元の小鼻にペタリと貼り付けた。

(真音さん、すごい……)

美味は、鳩の鳴き声まで真似する真音に尋常ならぬ強靭なパワーを心底感じた。「ぽろっぽっぽー」と歌いながら仕事を始めている真音を志藤課長は見つめ、

「今回の企画は完璧だわ」

とつぶやいた。

* * *

終業後は、美味はきの子に誘われ志藤課長と飲みに行くことになっていた。向かったのは、新東京阪駅で駅を挟んでブラックホールのビルとは反対方面にある「居酒屋くりげ」だ。最近、どこかで聞いような気がする名前の店だ。庶民的なその居酒屋は、まだ時間が早いせいか客が少ない。美味たち三人は店の中央のテーブル席についた。

「へい、らっしゃい!」

注文を聞きにきたのは、威勢のよい白髪の店長だ。なぜか三人の顔をまじまじと見ている。

「お客さんたちって、もしかして、ブラックホールの天丼部の人?」

「あら、なんで分かったの?」

返答した志藤課長に、店長はお通しの蛇苺の味噌煮の小鉢を置きながら答えた。

「あのさ、おたくの会社に舞田さんっているでしょ? くりげ《うち》の常連さんでね。舞田さんがさぁ、部下が毒キノコと米粒で、隣の天敵の同期がネクタイを締めた緑色の獅子みたいな女性だと話していたんだよね」

「あら、そう。それは私たちのことかもしれないわね。だって私、緑色の獅子みたいなんでしょ?」

志藤課長は店長に優しく微笑んだ。その微笑みの奥に潜む暗黒の何かを素早く感じとった店長は、

「あ! わりぃわりぃ! 女性に失礼だよなぁ。お詫びにサービスするからよ!」

とバツが悪そうに頭を掻いている。

「舞田くんが言ったことだから仕方ないわよ。だけど、サービスは喜んで受けるわ」

「今後とも、ご贔屓に!……あ、らっしゃーい!」

急に混んできたこともあり、店長は忙しそうに行ってしまった。いつの間にかテーブル席もほぼ埋まり、賑やかになっている。――しかし、不思議なことに美味たちを囲む四方のテーブルの客たちはなぜか静かだ。そのテーブルにいるのは、芋虫のマークが入った野球帽を被った団体、芋虫のワンポイントが入ったポロシャツの団体、芋虫柄のネクタイをした団体、芋虫のタトゥーを額に入れた団体、である。皆、黙々と蛇苺の味噌煮の小鉢をつまみにソフトドリンクを飲みつつプチマルコンを操作している。全員のプチマルコンのランプがオレンジ色に点滅しているので録音モードになっているようだ。美味もきの子もその異様な雰囲気を感じ取り黙って硬い表情になっている。しかし、志藤課長だけは、納得がいったという顔つきだ。

「ふふ……そういうことね」

そして、運ばれてきた栗ビールで乾杯する前に、

「今日は、会社の仕事の話なんてやめて、女子トークにしましょう!」

と志藤課長は、周囲に聞こえるほどの明るく大きな声で宣言するように言った。志藤課長のその言葉に、美味もきの子も「はい!」「女子トークいいですね!」と返答し、リラックスムードになっている。笑顔の女子三人は、それぞれのグラスを高く掲げた。

「みなさん、お疲れ様! そして、天堂さん、天丼部にようこそ! 乾杯!」

お酒も入り打ち解けた三人は、わいわいと会社とは関係がない話題で盛り上がった。志藤課長は熱愛の末に年下の夫と結婚したそうで、その恋話を聞くだけでも話は尽きない。さらに、美味はマロンの話をし、きの子も実家の舞茸農家の話をした。そんな他愛のない話で盛り上がっている中、周囲を見渡すと、美味たちのテーブルを囲んでいたあの沈黙の芋虫団体はいなくなっている。そういえば、美味は、会社のことで志藤課長にまだ聞いていないことがあったのを思い出した。

「あの、なんで志藤課長は私に紙飛行機のメッセージをくれたんですか?」

「あれね! びっくりした!?」

志藤課長は、おどけたような顔をしている。

「きの子さんは残っているけど、他のまいたけ課に新しく入社した副社員や一時《いっとき》社員の人たちがどんどん辞めていくのよ。原因は分かっているんだけどね。他の課のこととはいえ、お隣だし。天堂さんの名前は課長会議の時に聞いていたので知っていたのよ。初日で緊張していると思うし、仕事ばかりの会社でちょっとしたミステリアスな面白いことがあるといいでしょ?」

生米焼酎のロックを飲み干しても顔色が変わらない志藤課長は、美味にウィンクをした。いかつい顔だが、なんとも可愛らしい仕草である。

「ふふ……確かにびっくりしましたが、楽しかったです。舞田課長も真音さんも志藤課長のような対応はしてくれないんで」

真音の名前を聞いたきの子は、飲んでいた栗ビールをデスクにドンと置くと、前のめりになってきた。髪の毛だけでなく、顔もほんのり赤い。

「志藤課長! 私、真音さんの真似にもううんざりなんです。真似するってどう思いますか!?」

「そうね……。真似ってもしかしたら100%悪いことではないのかもしれない、とは思うわ。まぁ、それは、広い広い視野で考えた場合だけど。過去の偉人たちの発明を真似して改良して、今の発展があるわけだし。世の中の流行も真似の一種だしね。でも、明らかにその人だけのオリジナルのものを借用する場合は、ちょっと違うわ。身近な人なら尚更よね。私は、そんな真似をする人は、『本当の自分探し』を間違った方向でしてしまっているんじゃないかと思うの」

真音は、永遠の『本当の自分探し』をしてしまっているということなのだろうか。美味は少し真音が不憫に感じられてしまった。

「実はね、私もたまに無意識に自分が素敵だと思った人の真似をしているのかな? と思うことはあるのよ」

「えっ!? 志藤課長が!?」

「誰だってあるわよ。でも、真似してしまったと気づいたときは、違うものになるように変更するわね。それが普通よ」

「確かに、そうですよね……」

美味は、ふぅという息とともに感慨深げに視線を遠くにやった。ちょうど視線の先に時計がある。まずい……いつの間にか時間がずいぶんと経っている!

「わ、もうこんな時間! ごめんなさい。マロンが待っているから帰ります」

「あら、そうね。長い時間マロンちゃんに一人で留守番させてはかわいそうね。気をつけて帰ってね」

「私は、もう少し志藤課長と飲んでいく。天堂さん、また明日ね!」

「お先に失礼します!」

予定よりも遅い時間になってしまった。急いで帰った美味が玄関を開けると、マロンが誰かと話している楽しそうな声が聞こえてきた。

「ただいまー。マローン、遅くなってごめん」

ワンワンと出てきたのは、マロンとクリームだ。マロンが所属しているサークル、パズル愛好会の活動の帰りに、菊代とその夫とクリームに偶然会ったらしい。美味が遅くなると知って菊代夫婦がクリームだけを遊びに来させてくれたという。マロンが寂しくなかったようでホッとするとともに気が緩んで酔いが一気に回ってきた。

「あ……」

美味は、その場に座り込んだ。

「美味ちゃん、飲み過ぎワン!?」

「暑そうだワン!」

美味のほてった頬を両側からマロンとクリームがペロリとしきりに舐める。

「わぁ~、二人ともありがと~! もぉいいよー。やめれ~」

しばらく休んで気分がよくなった美味にマロンが酔い覚ましのライススープを作ってくれた。クリームを膝に乗せつつ、それを口にする。ほどよい塩味が美味である。向かいの席に座ったマロンは、目を細めて笑って美味を見つめている。

「職場の人と仲良く飲みに行けるようになって良かったワン」

そのマロンの言葉は、一時社員業務で拘束されていた8時間が報われたような気にさせる。ライスワークも再開しなければ……。丸メガネ外しながら、そう思う美味であった。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第2章 真似する真音さん(4)」、いかがでしたでしょうか?

紙飛行機の謎が解けるも、スパイ? 鳩? パズル愛好会?……いやそれはいいか、とにかく読者をめくるめくヘンテコワールドに引きずり込んで離さない、それが株式会社ブラックホール天丼部まいたけ課。美味の生活も、なぜツヤツヤのライスヘアー? ライススープってどんな味? ライスワークって何? と、いまだ米麹仕込み「こし」タイプの甘酒みたいな霧に包まれていますが、だんだんそれもわかってくるはず。妄想しつつ、待て! 次号!!

鳩が気になるあなたはこっちも読んでみてください。

全速力で迷子になる疾走文学 浅羽容子作『イチダースノクテン』

海老沢部長も悶絶必至、こんなにかわいい「ひとみちゃん」も登場します。

まん丸い鳩「ひとみちゃん」の絵 浅羽容子作

ひとみちゃん by 浅羽容子

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ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>


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