甘辛天丼まいたけ課 第2章 真似する真音さん(5)

今日は、ワームホール対策会議の日である。今回は、課長だけでなく丸社員全員が出席する大々的な会議だ。大会議ホールを使用するのだが、雑用が必要なため一時《いっとき》社員の美味《びみ》と副社員のきの子など一部の丸社員以外の社員も参加させられることになった。雑用とは、配膳ロボの補助係である。今回の会議では海老課の試作品「海老茶」が出されるらしく配膳ロボが使用されるが、天丼部の配膳ロボは3台しかないため、必要であれば美味たちが補助としてお茶出しをするのだ。とはいえ、マルコン搭載のハイテクノロジーな配膳ロボである。美味たちの出番はない可能性が高い。美味ときの子は、大会議ホールが見渡せる後方の片隅に置かれた簡易パイプ椅子に座り不測の事態のお茶出し要員として待機しているだけでよさそうだ。

「この大会議ホール、初めて入ったよ」

「すごい豪華だね」

大会議ホールは、装飾が施された高級木材で作られており、まるで昔の荘厳なオペラハウスのようだ。その古風な内装とは対照的にステージには最先端の新型の大きな浮遊スクリーンが浮かんでいる。そこに映し出されているのは、天丼キャラクターのテンドンヌである。体がドンブリで愛らしい目鼻立ちのキャラクターだ。テンドンヌがドンブリから突き出た手で、自分の頭部の蓋を開けると、おしゃぶりをした子供たち――海老や穴子や芋などの各種天ぷら――が飛び出てきて、テンドンヌに甘える……という微笑ましいアニメーションが放映されている。そして、その浮遊スクリーン横には発表者用のブースがある。

「あ、海老沢部長だ」

並べられた木製の椅子に混じって前列中央にひとつだけ海老色のビロードの高級肘掛け椅子がある。そこに長い足を持て余して海老沢部長が座っていた。その後ろの席の何列かには、一様に長い髪でモデルのような女性たちがいる。一番後ろの端にいるのは、キャラメル色のスーツに栗毛色の髪、そう、清川風花だ。その集団は、どうやら海老沢部長の12人の秘書軍団のようだ。海老沢部長が時折、指を鳴らすと、その秘書たちの中の一人が海老沢部長のそばに赴き指示をもらっている。指の鳴らし方や回数でどの秘書が呼ばれているか分かるようになっているらしい。見ていると、第一秘書が一番多く呼ばれ、続いて第二秘書、第三秘書、第四秘書……の順番で呼び出されている。第十二秘書の清川は、一度も呼ばれていない。

そんな海老沢部長の両脇の席には各課の課長たちが着席しており、一番右端が舞田課長で、左端が志藤課長であった。

「あれ、きの子さん、あそこに大きな鳩が紛れてる!」

美味は、志藤課長の後ろの席に大きな鳩がいるのに驚き、つい口にした。

「天堂さん……よく見てみ」

鳩ではない。それは真音《まね》だ。鳩真似の真音である。鳩のように首をキョロキョロと回して周囲の様子を伺っているので、さらに鳩っぽさが増しているが真音なのだ。挙動不審なのは、もしかしたら緊張しているのかもしれないが、本当に鳩になりきっているのかもしれない。後者の方が正解であろう。

志藤課長と真音を見ながら、きの子が思い出したように言った。

「そういえば、今回の企画資料って志藤課長が作成したらしいんだけど、なぜか私の写真を使っていいかって聞いてきたんだよね」

「きの子さんの写真? ワームホールと関係ないのに」

「そうだよね……なんだろ」

その時、ステージを照らすライト以外の会場の照明が落ちた。

「では、これから天丼部によるワームホール対策会議を始めます」

司会の発声で会議が開始だ。浮遊スクリーンには資料や参考画像が表示され、各課や有志たちのプレゼンテーションが次々に進んでいく。配膳ロボもスムーズに動作しているので、お茶出し要員としての美味たちの出番はなく、やることもないので発表を聞くしかない。何件か発表が終了し、芋南瓜茄子蓮根の合同4課の発表も終わり、司会の声が大ホールに鳴り響いた。

「合同4課の皆様、発表ありがとうございました。続きまして、ししとう課とまいたけ課の合同企画となります。発表者は、ししとう課の志藤課長とまいたけ課の真茸真音《またけ・まね》さんです」

ステージの発表ブースには、緑色の志藤課長と銀色の鳩――ではなく、真音が立っている。

「こんにちは。皆さん。ししとう課の志藤です。そして、こちらがまいたけ課の真音さん。これから、ししとう課とまいたけ課の合同企画を発表します」

志藤課長の貫禄ある低音が大会議ホールに響いた。真音は特にすることがないようで、会場の方に太陽のような笑顔を向け、志藤課長の発言にいちいち鳩のよう首を動かし相槌を打っている。

「企画タイトルは『フル想定力で先回りアレンジ』です。今回、ワームホール対策として、私たちが提案するのは、『想像力』に近いけど違う『想定力』で、これをフルに活かし、競合となるワームホールの先回りをして商品を開発販売する、ということです。現在、私たちの天丼事業では、すでに第一弾商品の『瞬間天丼』が公表され、発売日も目前に迫っています」

志藤課長は、ひと呼吸おいて続けた。

「私が目をつけたのは、まいたけ課の真音さんです。彼女の『想定力』に底知れぬ才能を感じました。出されたテーマに対して、それをどうアレンジしていくのか、『想定力』が高いアレンジャーとしての能力は、ワームホール対策に最適な武器なのです」

真音は会場を向いて、相変わらずぽっぽっと相槌を打っている。その真音の後ろの浮遊スクリーンに、以前働いていたパンダマニアの一時社員、半田《ぱんだ》が映った。その後に、パンダファッションの真音が映る。そして、次に映ったのはきの子で、すぐに切り替わってキノコカットの真音が写った。次は、清川と栗毛の真音。最後に美しい鳩の写真と、鳩の格好の真音が映し出される。その比較画像は極めて短い時間で切り替わりすぐに終わったが、それがかえって類似点と相違点を強調させることになっている。ずっと前を向いている真音は、スクリーンに映し出されているその映像に気づいていないようだ。

「今回、真音さんにはアレンジャーとして企画に参加してもらいました。当社天丼部で発売予定の商品を彼女の才能をフルに活かしアレンジしてもらうことが第一目的です」

どよめく会場に向かい、真音は、ぽっぽっと相槌を繰り返している。

「具体的には……」

志藤課長の説明によると、その企画は、まずはブラックホールの発売予定の商品に「似ているが違う」というものをあらかじめシミュレーションしておくことが肝心だという。この段階を真音が担当し、想定した「似ているが違う」ものを先回りして商品化も進めておく。おそらく、これはワームホールの企画している商品と極めて近いものになるはずだ。もちろん価格を先行商品よりも安価に設定することも必要である。これをワームホールが発表する前に、先んじてブラックホールが発表、発売していくという案だ。いうなれば自社内で類似《パクリ》商品を作ってしまおうという発想なのだ。先回りされた場合、ワームホールは商品は販売することはできない。ワームホールの損失だけが嵩むだけだ。早々に天丼事業から撤退せざるをえないのは目に見えている。

「そして、私たちはシミュレーションを重ね、第一弾商品『瞬間天丼』のアレンジとして打ち出したのが――『瞬発天重』です」

第一の予測は、天丼ではなく天重にしてくるだろうということ。「瞬間」ではなく「瞬発」になる可能性も高い。また、キャラクターに「テンジューン」を加えることも必要だ。こちらは、基本的にはテンドンヌと同じだが、性別を男にしてアレンジする。このほか、アレンジャー真音ならでは想定力を駆使した商品が提案されたようだ。

志藤課長の企画の詳細発表に会場のどよめきはさらに大きくなっている。真音は、ずっとぽっぽっと相槌を打っているだけではあるが、会場の反応に誇らしげな顔になっている。

「志藤課長、すごい……。写真ってこういうことだったのか……」

「真音さんのはるか上をいっている……」

大会議ホールの片隅で見ていた美味ときの子は、志藤課長の凄みをひしひしと感じるのであった。

全ての発表と議論が終わり、ワームホール対策案の採決が始まった。天丼部の全丸社員による投票制である。100人の天丼部の一般丸社員が各1票、課長たちが各10票、海老沢部長が500票を持ち票としている。投票結果で一番多い得票は、志藤課長と真音の案「フル想定力で先回りアレンジ」であった。見事に採択されたのだ。そして、会議の最後に総括として、王子のような華麗なステップを踏みつつ、海老沢部長が登壇した。一本の赤い薔薇を手にしている。海老沢部長の整った王子顔が浮遊スクリーンに映し出された。周囲に赤い薔薇が散りばめられ大写しにされたその顔にはフォーカスがかかっており、ぼやけてシワは見えない。まるで本当の若王子のようだ。ステージに上がった海老沢部長は、会場をゆっくりと見回してから口を開いた。

「みなさん、発表お疲れ様でした。どの案も考え抜かれていて素晴らしかったです。その中でも、採択された志藤課長たちの案は、現実的で説得力があったのが評価すべき点です。天丼部一丸となり、早急に実行しましょう」

海老沢部長は志藤課長の後ろの席に座っている真音の方を向いた。

「真音くん、すごく素敵な格好をしているね。まるで鳩だよ。でも鳩じゃない。その姿を見て、私は確信したよ。真音くんのアレンジ能力をもってすれば、このワームホール対策案は成功することを」

そう言うと、海老沢部長は細く長い指で持っていた薔薇を真音の方に華麗に投げた。薔薇は弧を描き、見事、真音の膝の上へ。その薔薇を手にした真音は、「ありがとうございますぅ。ぽぽ」と嬉しそうに鳴いた。

「海老沢部長!」

急に志藤課長が立ち上がった。

「すみません、少しお時間をください」

海老沢部長は、首を微かに動かし志藤課長の発言を促している。

「私たちの企画を採用していただきありがとうございます。そこで、天丼部のみなさんにお願いしたいことがあります。このワームホール対策の企画が終了するまで、みなさん、くれぐれも秘密厳守でお願いします。また、情報漏洩防止のため、外部の店での飲酒は企画終了まで禁止とします」

志藤課長は続けた。

「特に『居酒屋くりげ』には、企画が終わるまで絶対に立ち入らないことをお願いします」

そう語る志藤課長の視線は、まっすぐ、舞田課長に向いていた。

* * *

「あれ?」

ワームホール対策会議の数日後、美味はまたもやキャラメル色のスーツの女性がまいたけ課居室よりも奥にあるトイレそばの例の倉庫にいるのに気づいた。もちろん清川である。手元を動かし不審な行動をしている。美味が声を掛けようかと迷いながら近づいていくと、その清川が振り向いた。

「……あ! 天堂さん、お疲れ様です。」

悪びれた様子はない。

「清川さん、お疲れ様です。何されているんですか? 大丈夫ですか?」

清川のいる倉庫に美味は入った。

「もちろん大丈夫ですよ」

女優のような微笑みを返してくるが、近づいていくとどうも様子がおかしい。

「……って、大丈夫だけど、実はサボってたんです」

清川はいたずらがばれてしまった子供のように舌を小さくペロッと出した。そして、笑っているような困っているような表情になった。

「サボってたのは……仕方ないんです。だって、海老沢部長の秘書って12人もいるんですよ。一番下の第十二秘書なんか秘書業務なんて何もやることがないんです。他の人たちは新規商品の準備で忙しくしているのに、私がやることといったら、秘書業務外の肩揉みとヨイショとバリバリ作業くらい。普通に考えて必要じゃないんですよ。12人の秘書なんて」

不満が溜まっていたのだろうか。一気に清川は話し出した。手に持つプチマルコンの角度が変わり、画面の光が清川の端正な顔に影を作っている。清川は話を続けた。

「でね、一時社員は一時しかいないんだし、気楽にやろうと思っているんです」

「気楽に……ですか」

美味は言葉に詰まった。

「そうですよ。もっと良い仕事があったら、契約満了を待たずに辞めるつもりです。とにかく手が海老臭くなるし、本当にいやっ」

清川は話をしてスッキリしたのか表情が柔らかくなっている。

「この倉庫で、プチマルコン見たり、ネイルの手入れをしたり、無煙タバコを吸ったりしてたんです。サボれる時は、サボんなきゃ。だって、私たち頑張っても何も変わらないんだから。天堂さんも!」

「……気持ちは、すごく分かります。だけど……」

複雑な顔で返答に困る美味に清川は、

「ふ……」

と視線を落として薄く笑った。その顔を照らすプチマルコンの画面には、一時社員募集サイトが表示されているのを美味は気づいた。

* * *

天丼部が開発した天丼商品の第一弾「瞬間天丼」がついに発売された。売れ行きは好調だ。さらに、ワームホール対策案は大成功だった。先回りして「瞬発天重」などの発表と発売をしたのが功を奏したのだ。結果、ワームホールは損失だけが嵩む天丼事業から完全撤退すると早々に公表した。会社の危機を未然に防ぐためである。

「どうやら、瞬発天重やテンジューンはワームホールが企画していたものにズバリ的中していたらしいよ。シトーちゃんも真音ちゃんもやるなぁ。さすが、僕の同期と部下だ」

企画に関与していない舞田課長がなぜか鼻高々だ。

志藤課長や真音の功績が大きいのは誰もが認めている。今回の対策案がなければ、ワームホールに安価な類似《パクリ》天丼商品を次々に販売されていたことは確実だ。天丼部はどうなっていたか分からない。結局、皮肉なことに真音の真似に救われたことになる。

「才能があるって大変ですぅ。みんなに頼られているって感じがしてぇ」

最近の真音はさらに多忙となっていたが、久々に居室にまいたけ課のメンバーが居室に揃っている。

「ところで、穴子課の誰がスパイだったんだろうね」

舞田課長が首を傾げている。

「穴子課のイットキさんとかじゃないんですかぁ~」

真音が忙しそうに仕事をしながら適当に返答をしている。美味ときの子は無言だ。犯人はとうに分かっているが、さすがにその名前を口に出すことはできない。

「誰かな? 誰かな?」

舞田課長は、その雰囲気を察することなく丸い顔をさらに丸くさせ、しつこく繰り返し聞いてくる。

「ガラッ」

舞茸柄のカーテンが突然開いた。開けたのはもちろん志藤課長だ。

「舞田くん、あなたよ」

志藤課長は逞しい腕を水平にし、人差し指を舞田課長に向けた。

「犯人は舞田くん、あなたです。居酒屋『くりげ』で、天丼部の内部事情をペラペラ喋ったわよね?」

舞田課長は、しばらくポカンとしていたが、何かを思い出したようで大きく肩を震わせた。

「え……何も話して、ないよ……」

舞田課長の目は泳ぎ、額は汗で滲んでいる。

「毒キノコに米粒、それに、緑色の獅子みたいな女って誰?」

その言葉に、舞田課長の肩がもう一度大きく揺れた。

「あの場所、居酒屋くりげにはワームホールの社員たちが沢山いたわ。芋虫マークのあの人たち」

「え? そうなの!?」

舞田課長は、目と口を大きく見開いている。常にワームホールのスパイ団に囲まれていたのを気づいていなかったようだ。

「舞田くん!」

「はいっ!」

志藤課長の瞳が獲物を狙う獅子のごとく鋭く光った。舞田課長の背筋が伸びる。

「もう二度と、会社内の機密事項は外部で話さないってこと約束できるかしら? もし、難しいようなら、私はこの件を海老沢部長に話そうかと思います」

「もちろん、外で話さないよ! 約束するよ!」

舞田課長は、瞬時に返答した。志藤課長の瞳は、舞田課長の真意を探るように舞田課長を見つめている。舞田課長は、目を身開き、震えながらその視線を受け止めている。しばらくして、やっと志藤課長の口が開いた。

「――よろしい。絶対に守るようにしなさい」

志藤課長の言葉に舞田課長は、心から安堵した様子だ。志藤課長も和らいだ表情になっている。

「今回の企画で、まいたけ課や真音さんにはお世話になったわ。実は、私から海老沢部長に舞茸試験場として新たな居室をお願いしていたの。それが許可されたわ」

「本当かい!? シトーちゃん?」

「良かったですぅ」

「わぁ、ありがとうございます!」

真音もきの子も喜びの声をあげている。

「と、いうことで、このカーテンの位置はこのままね」

にっこりと微笑んだ志藤課長は、舞茸柄のカーテンをぴっちりと閉めた。

* * *

舞茸ラボが別居室にもでき、まいたけ課が舞茸に占領させることは回避できた。おかけで、皆、仕事を快適にすることができている。

真音の鳩真似はしばらく続いていたが、どうやら飽きてしまったらしい。

「真音ちゃん、元の髪型に戻ったんだね。オシャレンジャーだよなぁ」

シメジのようなキノコカットに戻ってしまったのだ。きの子もベニテングダケのごとく毒キノコの苦々しい顔つきに戻っている。

「ありがとぅございますぅ、舞田課長ぉ」

にっこりと摂氏6000度の太陽のような微笑みで返答した真音は、ふと目の前の席の美味に視線を留めた。どんぐりまなこでじっと見つめている。瞬きもせずにロックオンされ見つめられる美味――。

「よく見ると、天堂さんの髪型って……素敵ね……」

小さくつぶやいた真音の瞳が怪しく光った。美味の背中にヒヤリと冷たいものが走る。明日はきっと……!

真音の真似はエンドレス。いつか、本当の自分を見つけられる日まで、真似する真音さんなのである。

(第2章 真似する真音さん おわり)

※次回は「第3章 クリスタルなANAGOたち」です。お楽しみに!

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第2章 真似する真音さん(5)」、いかがでしたでしょうか?

真似っこ大好きパクリ力最強の真音さんの才能を類似商品封じに活用、その上、スパイをあぶり出し、鈍感力最強の舞田課長本人に気づかせるとは。志藤課長、さすが、カッコイイ!! 今後の活躍にも期待大、ですが、美味には早くも新しいクライシスが。次回、ダブルライスヘアーのまいたけ課となるのか? 甘辛で言えば「辛」な立場の一時社員の美味、海老沢部長第十二秘書・清川のスタンスに寄っていくのか反発するのか、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>


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