甘辛天丼まいたけ課 第3章 クリスタルなANAGOたち(1)

まいたけ課の居室にいる美味《びみ》は、最近ずっと毒キノコのような苦々しい顔つきである。そんな美味を見て、きの子はなんともやり切れないといった困った様子だ。美味ときの子、今までと表情が逆転しているのはなぜか。それには理由がある。

現在のまいたけ課は、キノコ度50%・ライス度50%の割合だ。まいたけ課の社員は全員で四人。そのうち、天然舞茸ヘアーの舞田課長、ベニテングダケ的キノコカットのきの子、この二人でキノコ度50%。――ということは、残りの二人でライス度50%ということである。もちろん美味は超上質米ササニコシキヒカリのようなライスヘアーであるのだが、なんと真音《まね》もライスヘアーになってしまっているのだ。しかも、髪型だけでなく、美味と似たような服を着ている上に、色違いの丸メガネもかけている。

鳩真似やキノコカットが飽きたらしく、真音の次の真似の標的は美味になってしまっていたのだ。しかし、美味のライスヘアーは栄養価たっぷりの胚芽つきの楕円の形状だが、真音は精米した上部片側が欠けているごく一般的な米の形状だ。欠けている部分だけ別の髪色に染めているのだ。もちろん、美味とは微妙に異なるようにアレンジしているので、本人は真似ではなくオリジナルのつもりであろう。

「オシャレンジャー真音ちゃんは、また髪型を変えたんだね。スーパーオシャレンジャーだよなぁ~」

舞田課長の褒め言葉も真音の真似に拍車をかけ、ここ数週間、ずっとライスヘアーのままである。

「はあぃ、ありがとうございますぅ」

スーパーオシャレンジャーでスーパーアレンジャーの真音の元気いっぱいハツラツ笑顔と対照的に、ますます美味は苦味たっぷりブラックコーヒーのごとく渋い顔つきとなっている。美味にとってさらに最悪なことは、真音がししとう課との兼務が終わってしまったことだ。ワームホール事件も落ち着き、兼務が終了した真音は、ずっとまいたけ課にいるようになったのだ。これは、常に美味の前に似ているがどこか違う自分が映る鏡が置いてあるようなものである。そんな鏡の国のライスヘアーの真似っこ女子、真音が思い出したように美味に声をかけてきた。

「そうそう、天堂さん。回覧板だけど、読んだら早めに米部に回してよね。私もきの子さんも読み終わったし、今は会議でいないけど舞田課長も読み終わったみたいだから」

「あ、はい……」

天丼部の第一弾商品「瞬間天丼」は絶好調で、さらに、次々と新しい商品や企画を手掛けなくてはならず、天丼部は誰しもが忙しい。美味も超立体画像の編集の依頼が目白押しで多忙である。その状況にも関わらず回覧板は頻繁に回ってくる。どうやら回覧板が、この会社、株式会社ブラックホールの社長のブームになっていることが要因らしく、誰も文句は言えない状況なのだ。さらに、回覧板をしっかりと読んでいるのかチェックするため、抜き打ち小テストさえもある。例えば、その小テストには、「海老沢部長が、海老の次に好きなものは何?」という問いが出題されたりする(答えはもちろん「鳩」)。回覧板を読んでいれば分かるような問題であるが、逆に読んでいないと全く分かるはずもない問題だ。有能な社員といえども、回覧板に目を通していないと0点を取ってしまう。これは丸社員にとっては避けたい点数だ。なぜなら、この小テストは各種査定に関わる大事なものだからである。しかし、副社員と一時《いっとき》社員は、0点を取ってもなんらダメージはない。なぜなら、査定に関わるような昇給も昇格も賞与も元からないからだ。この小テストに関しては、まさしく「気楽」な立場ということで間違いない。

(あー、面倒だなー。仕方ないから、さっさと読むか)

美味は、そんな回覧板を仕事の手を休めて開いた。流し読みでペラペラとめくっていく。すると、なぜか何も書かれていない白い紙がところどころに挟んである。栞がわりに誰かが挟んだのだろうと美味は気にせずに、最後のページまでめくり終えた。10秒で回覧板の閲覧完了だ。0点確定! だが、一時社員の美味には問題はなし! なのである。

(さぁてと、さっさと米部米課に渡しに行こうっと)

美味は、

「米部米課に回覧板を届けに行ってきます」

と告げ、まいたけ課の居室を出た。以前、きの子に米課までの道順を習ったので、もう米部迷路で迷うことはない。米部米課のある地下2階に向かうため、美味はドンブリゲートを目指し、長い廊下を歩いた。

「あれ……?」

相変わらず騒々しい合同四課の前あたりで、前方の穴子課のドアがゆっくりと開くのが見えた。このドアが開いているところを見たのは初めてである。ドアの中から誰かが出てきそうな気配だ。勤務して1ヶ月以上経つが、そういえば穴子課の社員は一度も見たことがない。美味はゆっくりと歩きながら、緊張してそちらを凝視していると、案の定、ドアから人が出てきた。――いや、確実に「人」である、とは言い切れない。それは、確かに人間のようなシルエットで動いて歩いているのだが、視力の良い美味でさえ、あやふやで掴みどころがなく正体が分からない。半透明なのだ。

「……!」

美味は良く見えるように丸メガネを外した。少しは細部が見えるようになったが、はっきりとした輪郭までは分からず、やはり半透明である。

「……これって、ゆ、ゆ、ゆうれい!?」

美味の足が自然と止まる。回覧板を持つ手に力が入る。美味は霊感ゼロである。常々、不思議現象というものにあってみたいと好奇心から思っていたくらいだ。しかし、実際、幽霊のようなものを目の当たりにすると、霊感ゼロというのは素晴らしくラッキーでハッピーなことだったのだと身に沁みてありがたく思った。霊感ゼロ、願ったり叶ったりだ。

美味が見つめる半透明の謎の幽霊もどきは、穴子課のドアから出ると幾分急いだ様子になった。小さなものを10個ほど落としていったのだが、幽霊もどきは気づかないようで、一目散に女子トイレに入って消えた。女性の幽霊なのだろう。幽霊も尿意で緊急事態になったりするのものなのだろうか。不思議現象初心者の美味には分かるはずもない。ただ「トイレに駆け込む幽霊もどき」という面白い設定にも関わらず、美味にとっては大いに寒気を感じる出来事であった。回覧板を抱えると下を向き、走って穴子課の前を通り過ぎた。穴子課のドアはすでに閉まっていたようだが、幽霊もどきが通った廊下の床には、茶色い小さなものが10個ほど点在している。それらは、下を向いて走る美味の視界に入った。

美味が無事に米部米課にたどり着くと、ちょうど居室から米田博士《よねだはかせ》が出てきたところだった。

「あぁ、君は、天堂くんだね」

「はい、米田博士。お疲れ様です。回覧板を届けにきました」

恐怖で顔を白くした美味は、米田博士に回覧板を渡した。米田博士は、感心したように美味のライスヘアーを見ている。

「今日も素晴らしいお米型の髪型をしているね。まるでササニコシキヒカリのようだよ。しかも、顔もお米のような白さだ! 素晴らしい!」

米田博士は、あくまでもお米が美の基準らしい。美味の恐怖のための顔の白さを勘違いしたようだ。米田博士は、美味のライスヘアーから目を離さず話を続けた。

「最近、君によく似た髪型の社員を見かけたが、あれは、全くなっちゃあない。胚芽を取り除いた白米も最高に美味しくて素晴らしいのはよく分かる。だが、あの髪型は、既成概念としてのありがちな米の形状を模倣しているとしか思えない。お米という存在の表面しか見ていない浅薄な者の髪型で、お米への真の愛情が皆無だ」

真音のことを指しているのは明確だ。美味が思っていたことと同じことを米田博士が代弁してくれている。美味の体の芯が暖かくなった。やはり、米田博士とは通じるものがある。

「とにかく、あの髪型はいかん!」

米田博士が声を荒げ、手にした回覧板を上下に振った。すると、その間から数枚の紙がハラハラと落ちてきた。例の白い紙である。

「あ、落ちました」

美味がそれらを拾い米田博士に渡すと、

「すまない。興奮した。米に関することだと、どうしても熱くなってしまってね」

と照れ臭そうにしながら米田博士は美味から白い紙を受け取った。

「これは、何も書かれていないね。白紙か」

真顔に戻った米田博士は、その数枚の白い紙をしばらく見つめると、

「果たして、何も書かれてない白紙が伝達が目的の回覧板に必要なのだろうか……答えは……否」

と独り言のように言った。

「天堂くん、ちょっと来たまえ」

米田博士は、すぐ近くの居室に美味を招きいれた。中は、巨大な実験室となっていて、様々な装置が稼働している。その中のひとつの湯気を噴き出している装置に歩み寄ってゆく。その装置には、「高熱危険」とのプレートがつけられていた。

「何も書かれていない白い紙といえば、まずは、これを試してみたくなる」

湯気を上げる高温のその機械に、米田博士は、白い紙を近づけた。新東京阪《しんとうきょうさか》湾の特産品、蜜海苔《みつのり》をコンロで焼くように、白い紙を炙《あぶ》っていく。すると、その白い紙に文字が現れ出した。

「スクープ! 海老沢部長の十二人の秘書たちは全員愛人!?」

炙り出された刺激的な文章に、美味は目を見開いた。

「えぇ! なんですか!?」

「うむ。他の白い紙も炙ってみよう」

残りの白紙も同様に炙ると、次々と文章が浮かび上がってくる。

「スクープ! 海老課の海老は遺伝子組み換え海老!?」

「スクープ! 海老沢部長は毎日ヒアルロン注射を打っている!?」

「スクープ! 海老沢部長は子供100人、孫200人、ひ孫400人!?」

「スクープ! 海老課の秘書は倉庫でよくサボっている!?」

「スクープ! 海老沢部長の足は海老臭い!?」

全て海老課に関する真偽不明のスキャンダルだった。いや、違う。海老課の第十二秘書の清川は、実際に倉庫でサボっているので一部に真実も含まれているとは言える。ということは、もしかして、海老沢部長の足は海老臭いのかもしれない。――しかし、文末が全て「!?」であることが、記入した人物の押しの弱さをそこはかとなく感じさせる。

「炙り出しだ。熱に反応して、文字が浮き上がってくる」

「これはなんでしょう。誰が書いたんですか?」

「もしかしたら……」

米田博士は紙をじっと見つめている。思い当たることがあるようだ。

「そういえば、さっき、穴子課から半透明の幽霊みたいな人が出てくるのも見たし……怖いです」

米田博士の視線が紙の上の文字から美味の丸メガネの中の瞳に移った。首を縦に動かし、

「うむ。おそらく、これもそれも……」

と言いかけたとき、

「米田博士!」

という声で会話は中断されてしまった。その声を発したのは、居室に飛び込んできた白衣を着た社員で、胸ポケットには、「小米田《こよねだ》2号」と刺繍がある。

「米田博士、急いでください! コメールB分子が結合し始めました!」

「小米田2号、本当かっ!」

高ぶる声をあげた米田博士は小米田2号とともに、美味を置いて別の居室へとすっ飛んで行ってしまった。

「またか……」

いつも肝心なときに、小米田1号や2号がやってきてしまう。またもや聞きたいことを聞きそびれた美味は、ひとり肩を落として深いため息をついた。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第3章 クリスタルなANAGOたち(1)」、いかがでしたでしょうか?

真似されるしトイレの透明子さんには会うし、美味、イラッとピリッとゾクッと忙しい受難の日々です。読むだけで思わず眉間に縦ジワが寄ったところへ、米田博士のライスヘアーへの高い評価と米愛。思わず癒されますね。博士が何言ってんだか、わけはわからないけど、ああ、ご飯食べたい。米愛ってそういうこと。(でいいのかしらん?)そこへお約束の小米田2号、出た! 解決しない、美味の疑問。なぜ社名がブラックホールなのか。半透明人間と炙り出しの関係は。海老沢部長の足は海老臭いのか。それに、いったい何号までいるっていうんだ、小米田!? 今週も疑問をためにためて、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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