甘辛天丼まいたけ課 第3章 クリスタルなANAGOたち(2)

美味《びみ》がまいたけ課に戻ると、舞田課長が会議から帰ってきていた。あれほど居心地が悪くなっていたまいたけ課の居室が、先ほどの半透明の幽霊もどきと出会ってからか、安心できる場所に感じられる。ライスヘアーを真似されている真音《まね》でさえもありがたい存在に思えてしまうほどだ。自席に着いた美味は、黙って仕事を開始するが、顔色は白いままだ。隣のきの子が心配そうに美味を覗き込んできた。

「天堂さん、なんか顔色悪いけど大丈夫? なんかあったの?」

「うん……」

黙っていようと決めていた美味だったが、自然と口が開いていた。

「実は、さっき……」

幽霊もどきを思い出し視線が定まらなくなった美味にただならぬものを舞田課長と真音も感じ取ったらしい。皆、美味を見つめている。

「天堂くん、どうしたんだ!?」

「天堂さん、どうしたのよぉ~?」

美味は、大きく息を吸った。

「実は、不思議なことが2つあったんです。一つ目は……」

吐き出すように、美味は穴子課のドアから現れ女子トイレに駆け込んだ幽霊もどきのことを話した。

「ヤだ! 天堂さんてば気持ち悪いっ!」

真音は、変なことを聞かされたとばかりに、プンと怒ったような顔で口先を尖らせて、どんぐりまなこをさらにどんぐりにさせている。

「その幽霊、漏れちゃいそうだったのかな?」

きの子は、トイレに駆け込む幽霊という点がツボにハマったらしく、怖がるというより、どう見ても面白がっている。

唯一、舞田課長だけが美味の話を聞いてもさほど反応がなかった。

「天堂さんが見たのって穴子課でしょ? それは幽霊じゃないかもな。穴子課の人たちって、前からいるのかいないのか分からない存在感のなさだったんだけどさ、ここ最近さらに影が薄くなってるんだよね。僕は、課長会議で穴子課のK課長に定期的に会ってるから分かるんだ。でもさ、薄くなっていくのがほんの少しずつだからか、なんだか自然と受け入れちゃっているんだー。でも、初めて見る人にとっては、あれはまさに半透明人間だよなぁ~」

「穴子課の課長が半透明人間!? じゃあ、あれは、穴子課の女子社員の誰か、ということですか?」

美味の問いに舞田課長は臀部のように割れた無精髭のアゴ先をジョリジョリと触って、渋い顔で答えた。

「おそらく。それに、穴子課の人たちには変な噂が多いからね」

そこに真音が横から口を挟んできた。

「私も噂を聞いたことがありますぅ。穴子課の人たちは、口の中に穴子を飼っているとかぁ、テレパシーを使いながら会議するとかぁ、円周率を延々と言うことができるとかぁ、違法な薬物を飲んでるとかぁ、世界征服狙ってるとかぁ、その他いろいろぉ」

「なんだか都市伝説に近い、いや、ブラックホール伝説に近い噂ですよね」

きの子が笑ったままの顔で会話に入ってきた。

「その伝説に、『穴子課の半透明人間、トイレに駆け込んでセーフ!』も入りますよね。いや、伝説じゃないな。真実だし」

美味はきの子の発言に思わず笑ってしまった。怖さが薄れてきたが、かえって疑問が湧いてくる。

「しかし、なんで穴子課の人々は半透明なんでしょう、舞田課長?」

「僕も知らんよ。だって、穴子課のK課長の本名すら知らないんだもん。知るわけないさ」

舞田課長が言うには、穴子課の課長は若い女性で「K.U」と名乗っているという。K課長は昨年に入社してすぐに穴子課の課長に就任した。異例の人事である。就任時は、普通の人だったと思うし、顔も見たような気がするのだが、どうも記憶が曖昧になってしまっているらしい。元から存在が薄かった上に、物理的にも少しずつ薄くなっているせいかもしれない。気がついた時には、半透明になっていて、課長会議でもうっすら誰か座っているのが分かる程度である。発言したことがないので、声を聞いたこともない。どうしても発言しなければならない時は、マルコンを通じて伝達されるらしい。さらに課長だけでなく穴子課の社員は全て同じ状態ということだ。

「とにかく、K課長をはじめ穴子課の人たちは得体がしれないんだよね。でも、なぜかそれでも人事部には許されているんだよなぁ~」

舞田課長は、相変わらずの口の軽さでペラペラと喋ると、「あ、飲む時間だ」と、瓶を取り出した。その瓶のラベルには、「劇的痩身サプリメント・ゲキレツヤセール」と書いてある。

「あ、舞田課長! もしかしてぇ、それってぇ、流行しているアレですかぁ?」

真音が興味深そうに舞田課長の瓶を見ている。

「さすが真音ちゃん。流行には敏感だねぇ。まぁ、僕も流行の最先端の男だけどね。これは、今話題の飲むだけで劇的に痩せるサプリメントだよ。さっき廊下で、瓶の中身をばらまいちゃったけど、10秒以内に拾ったからセーフだよ」

舞田ルールでは、床や地面に落としたものは10秒以内に拾えば汚くはないそうだ。「念の為、僕はとっても綺麗好きだから」と舞田課長はサプリメントをフーフーと吹いた。

「あれ……色が茶色いのがあるなぁ……ま、いいか。1日3粒を目安と書いてあるけど、目安なんだから、10粒以上でもいいよね」

ブツブツとつぶやく舞田課長の手にはサプリメントが山ほど乗っている。その白いサプリメントの山に茶色い錠剤がいくつも混ざっていたが、舞田課長は躊躇《ちゅうちょ》なく全て飲みこんだ。

「そういえば、天堂さん、不思議なことの二つ目ってなんなの?」

きの子が聞いてきた。美味は、米田《よねだ》博士が回覧版に挟んであった白い紙を炙り出ると、次々にスクープ記事が浮かび上がってきた話をした。

「あの白い紙は、私も気になっていたよ」

「海老課のスクープを書いているとしたら、海老課の失墜を狙っている課のしわざかな」

「やっぱり、穴子課なんじゃないですかぁ?」

確かに、天丼部の中でも数少ない動物系食材である穴子課は、いうなれば、天丼部の第二政党である。海老よりも穴子の方が素晴らしいと穴子課の人々が思っているのだとしたら、天丼部の絶対的与党である首位海老課の地位を狙っていてもおかしくない。

「うーん、合同四課とかが、結束力の高さを武器に下克上を考えているのかも」

芋南瓜茄子蓮根の合同四課は、数の上では大多数派である。連立与党として、天丼部の頂点《テッペン》目指しているとしてもおかしくはない。連夜の居室での仲良しカラオケ大会は、海老課失墜を企むカモフラージュの可能性もある。

「ししとう課はどぉですかぁ?」

「まさか志藤課長がそんな卑劣な手を使うわけないです!」

真音の発言にきの子が声を荒げ即答した。しかし、天丼部の誰もが、志藤課長が真音の真似を逆手にとってライバル会社の目論見を阻止してしまうほどの手腕の持ち主であることを知っている。何か深い事情があっての行動かもしれない……。可能性はゼロとは言い切れない。

「もしや、犯人がまいたけ課ということは……」

美味の小さいつぶやきに、きの子と真音も舞田課長を無言でじっと見つめた。さすがの舞田課長も、部下三人の不信感漂う視線に気づいたようだ。

「な、何を! 僕が海老課の悪口なんて言うわけないじゃないか! こんなに海老が好きなのに! 海老を愛しているのに!」

震える舞田課長とともに小海老柄のネクタイが揺れる。子供のような純粋に怒る赤い顔は、嘘をついているようには到底思えない。

「確かに。舞田課長は無類の海老好きでしたものね」

「そうですよね。海老への忠誠心がすごいですもの」

「天下の海老様の悪口なんて言えないですものねぇ」

ほんのりと馬鹿にされているが舞田課長には響かないようだ。笑顔になって、

「そうだよ! その通りだよ! 僕は潔白だ!」

と断言し、安堵のため息をついている。

まいたけ課が犯人から除外されるとすると、回覧板を回す順番で、海老課からまいたけ課までの間の課が怪しい。やはり、穴子課、合同四課、ししとう課が犯行の可能性がある、ということだ。

「しかし、なんで炙り出しなんて手の込んだことをしたんだろう」

舞田課長がしみじみと言った。確かにそうである。

「そうですよね……」

返答しながら美味がある変化を感じ取り舞田課長の方を向いた。

「あ!」

思わず声をあげてしまった。

「あ!」

「あ!」

真音もきの子も舞田課長を見て驚きの声をあげている。

「どしたの? 僕の部下たち?」

驚いた理由は、舞田課長に劇的な変化が現れているからである。

「ま、ま、ま、舞田課長、変わっています!」

「え? もう痩せたの? さすがの話題の劇的痩身サプリメントだなぁ」

舞田課長が立ち上がると、その劇的変化が全身に及んでいるのが分かった。

「違います!」

「違いますよぉ!」

「違うったら! 後ろのカーテンの舞茸柄が透けて見えています!」

美味たちの前で、舞田課長はうっすら半透明になっていたのであった。

つづく

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第3章 クリスタルなANAGOたち(2)」、いかがでしたでしょうか?

穴子課の秘密がいよいよ明かされるか、と期待させて新章突入した前回。今回の総括といたしましては、わかってきたようで、全然わからない。なんと課長は名前さえ明かさず、イニシャル(かもしれない)K.Uとして密かに勤務中。そう簡単にヴェールを脱ぎそうにありませんが、一方、舞田課長が透明化! どう考えてもあの茶色いツブツブが怪しいですよねえ……どうなんでしょ、違うのかなあ。穴子課のことが気になってうっすら体を半透明にしながら、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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