甘辛天丼まいたけ課 第4章 合同四課の決裂(1)

天気の良い休日、美味《びみ》はマロンとともに菊代の家に遊びに来た。

「あ、美味ちゃん、いらっしゃーい! 俺、今から出掛けちゃうけどゆっくりしていって」

「もちろんゆっくりするつもりだよ、鯛蔵《たいぞう》くん。いってらっしゃい!」

菊代の夫、葉梨鯛蔵《はなし・たいぞう》は、大きく逞しい体に無精髭の豪快な男だ。菊代とお揃いの黄色いツナギを着ているが、ペアルックというわけではない。仕事着なので一緒なのだ。菊代夫婦は、浮遊自動車と地上自動車の整備店を開いている。現代では浮遊自動車が大半を占め、地上自動車はアンティークとされているが、マニアの間では人気が衰えない。その地上自動車の修理を請け負う店が少ないこともあり、菊代の店は繁盛しているようだ。菊代たちとともに暮らす万能犬のクリームは店の看板犬である。しかし、それだけではない。万能犬としての才能を活かし、経理などの事務を一手に担当している。「874自動車整備店」は、鯛蔵、菊代、クリームの3人で成り立っているのである。

「鯛蔵、帰りに痺れ豆腐を買ってきて」

「オッケー! いってきまーす」

鯛蔵を送り出し、美味とマロンは菊代の家の居間に入った。この家に来るのは久しぶりである。

「マロンちゃん、ワンの鉛筆コレクションを見て欲しいワン」

「見たいワン!」

「100年前の鉛筆を手に入れたワン! 先っぽに小さな消しゴムが付いていてかわいいワン!」

「クリームちゃん、すごいワン!」

マロンとクリームはワンワンと尻尾を振りながら、クリームの部屋に行ってしまった。雑種の中型犬マロンと希少犬種の小型犬クリームであるが、本当にこの二人は仲が良い。

「で、美味、最近どーなのよ。例のブラックホールは?」

菊代が菊茶と菊餅を出してくれた。美味は、菊茶をひとくち飲むと、待ってましたとばかり話し出した。菊代に聞いて欲しくてたまらなかったのだ。

「実はさ、菊代。ブラックホールの社名の理由が分かったの」

「ほほぉ、ついにブラックホールの謎が解けたか! 早く話して!」

美味の正面に座った菊代も興味津々といった雰囲気だ。

美味は、社名が社長の苗字の「黒穴」に由来していたこと、また、その分かった経緯である穴子課の半透明事件も詳しく話した。続けて、真音《まね》の真似のことや米田博士《よねだはかせ》のことなども話す。次々に飛び出す話題に菊代も、「へー! すごい、それで?」と身を乗り出して聞いている。そうして、ひと通り会社での出来事を話し終えた美味はやっとひと息つき菊餅を頬張った。

「いやぁ~、今回の会社は面白い職場だねぇ」

「うーん、面白いって言えば面白いけど、当事者としては疲れちゃうよ。最近になってやっと職場に慣れてきたって感じ」

美味は小さなため息をついた。菊代はそんな美味を見つめながら口を開いた。

「それで、ライスワークの方はどう?」

「……え……うん……」

菊代の視線を避けるように美味は、菊茶をごくりと飲んだ後、丸メガネのテンプルを触った。答えに窮する美味を見て、菊代は腕を組んだ。少し肩に力が入っている。

「美味が最初の会社を辞めてライスワーク――現代米美術《げんだいこめびじゅつ》の制作をやっていきたいって言った時のこと、私、今でもよく覚えているよ。あの時の美味の熱意に触発されて、私らも独立してこの店オープンさせたんだし」

最初の会社とは、美味が超立体画像編集で丸社員として働いていた会社である。

「だって、菊代……ライスワークだけじゃ生活できないよ。マロンともペット契約するようになったし……。だから軌道が乗るまで仕方なく一時《いっとき》社員をやっているワケで……」

「それで、疲れてライスワークができないってこと?」

「……」

「お金のために一時社員を続けなきゃならない理由はよく分かる。生活しなきゃならんからね。まー、『一時』が『10年』っていうのも長いとは思うけど。美味の作品が世間にまだ認められていないのだから仕方がない。だけどさ、肝心のライスワークがおざなりになるのってどうなのかな?」

菊代の言葉に美味は言い返すことができず、下を向き静かに目をつむった。

「……うん、そう……だよね」

安定を約束されていた丸社員を辞めた10年前の決意は嘘ではない。今でも、心の芯にはあの時と同じ熱い炎が揺らめいて消えることはない。だけど、実際は――。

美味は、暗く底なしに深いブラックホールのような思考にどんどんと没入していく。

(菊代の言う通りだ。私、何をしてきたんだろう……言い訳ばかりで、ちっとも進歩していない……)

「美味!」

そんな美味を救ったのは、降り注ぐ明るい日差しのような菊代の声だった。

「ライスと言えばっ! 今日は、美味が喜ぶと思って、頑張ってライスクリームシチューを作ってみたんだ! クリームとマロン呼んできて、ちょっと早いけどランチにしよう!」

美味は顔を上げ、目を開いた。

その後、夕方まで菊代の家でゆっくりとさせてもらい、帰宅する時である。玄関で美味とマロンを見送ってくれる菊代が、いつになくソワソワとしている。何か言い残したことがありそうだ。

「あのさ……」

「何? 菊代、どうしたの!?」

「うん、実は――私、ついに赤ちゃんができたんだ」

菊代は、照れたようにアフロヘアーの頭を手で掻いている。

「わぁ、おめでとう! 良かった、本当に良かった!」

「おめでとうワン!」

美味もマロンも大喜びだ。途端に菊代の黄色いツナギの腹部が輝きだしたような気がする。

「何でもっと早く言ってくれないの! 何かプレゼントしたい!」

「まだ生まれてないのにプレゼントなんて早いよ……でも……」

ほんの少し考えて、何か思いついたらしい菊代はニヤリと笑った。

「美味、リクエストはなんでもいいの?」

「もちろん!」

菊代は両手で虹リンゴ2個分くらいの大きさを形作った。

「これくらいの大きさの美味のライス作品をプレゼントして欲しい」

意外なリクエストに、美味は一瞬、動きを止めたが、すぐに吹っ切れたような晴れ晴れしい顔になった。美味の丸メガネの奥の瞳の中に炎が現れ揺らめき始めている。

「……うん! もちろん……新作で! がんばる!」

菊代は美味の情熱を再燃させる魔法を使ったのだった。

* * *

週明けのまいたけ課である。

「で、天堂《てんどう》くん、そーいうことだから、今日から2週間、合同四課の居室で作業してもらうよ」

「『そーいうことだから』って、どーいうことですか!?」

一時社員に対しては、全てが決定してから知らされる事後報告ということが頻繁にあり、慣れてはいるのだが何も説明がないのは困る。

「あれぇ? 話してなかったっけ?」

舞田課長は、舞茸ヘアーを揺らしながら、今日も朝から特大ドーナツを食べている。「劇的痩身サプリメント・ゲキレツヤセール」の服用は続けられなかったが、朝ドーナツは続けられているようである。効果覿面《てきめん》で、いつも着ているよれよれだったTシャツがピッチリとシワが伸ばされるくらいの体重増加っぷりだ。朝ドーナツ、素晴らしい効果である。太りたい人におすすめしたい。

「この前の課長会議でさ、芋課、南瓜課、茄子課、蓮根課の合同四課の商材をメインとした合同商品の開発が承認されたんだよね。それで、その新商品の超立体画像の編集をスムーズにするために天堂くんに2週間だけ合同四課の居室で作業してもらうっていうことに決まったんだよ。ま、短期異動ってわけ。席とマルコンは用意してあるから、私物だけ持っていけばいいよ。んじゃ、いってらっしゃ~い」

決定事項に反論は許されない立場である。一時会社の担当営業から何も説明がないのもおかしいが、もし仲介に入ってもらっても結局は思惑通りに動かされるだけだ。

「……はぁ、2週間ですね」

美味は、少ない私物を机から取り出し始めた。

「天堂さん、しばらくサヨナラだわねぇ。元気でねぇ~」

今生の別れのような言い方の真音は、相変わらず志藤課長のような全身緑色の服装である。

「2週間とはいえ、天堂さんがいなくなるなんて寂しいよ……」

きの子は突然の美味の異動に戸惑っている様子だ。

「お世話になりました。しばらく行って参ります」

私物を抱えた美味は、舞茸が張り付くドアを開け、合同四課へと向かった。

「天堂さん、待っていたよ!」

合同四課の居室内に入ると、すぐそばの席にいた4人の男性が駆け寄って来た。美味を出迎えたのは、芋課、南瓜課、茄子課、蓮根課の課長たちのようである。

「まいたけ課の一時社員、天堂美味と申します。2週間よろしくお願いします」

「よろしく、天堂さん。僕は、芋課の課長をやっている芋戸肇《いもと・はじめ》だ」

洗いたての芋のような赤ら顔で小太りの男性が自己紹介した。40代くらいだ。

「ワタクシ、南瓜課の課長、カボチャール・ハジィメですヨ」

続けて話しかけてきたのは、四角い顔した色黒の男性で、どうやら南国出身の外国人のようだ。おそらく40代であろう。

「俺は、茄子課の課長、那須川一《なすかわ・はじめ》。よろしくな」

次は、茄子のような長い顔で長身の男性である。40代といったところか。

「自分、蓮根課の課長やっております蓮根始《はすね・はじめ》です。よろしくです」

最後に挨拶したのは、色白で筋肉質の体躯の男性だった。どう見ても40代である。

「よ、よろしくお願いします!」

4人の40代男性の課長たちに囲まれた美味は、圧倒されて頭を下げた。

「僕たち合同四課の新商品の超立体画像、期待しているよ!」

挨拶が終わった4人の課長たちは、仲良く声を揃え「じゃあ」と言うと、それぞれの席へと戻ってしまった。

居室の中は、4人の課長たちの仲の良さに影響されてか、全体が和気藹々《わきあいあい》とした良い雰囲気だ。地下1階とは思えない明るさに満ち溢れている。そんな中、一人残された美味がぽつねんと立ち尽くしていると、丸顔で小柄な女性が近づいてきた。

「まいたけ課の天堂さんですよね?」

「は、はい。そうです。天堂美味です。よろしくお願いします。今日から2週間お世話になる……みたいです」

丸顔の女性は、野に咲くたんぽぽのような素朴で親しみやすい雰囲気だ。

「私、芋課の一時社員の大芋ぽて子《おおいも・ぽてこ》です。よろしくお願いします。天堂さんの席、私がご案内するように言われてるんです。こちらです」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

大芋の後を歩きながら、美味が改めて居室内を見ると、その席の配置が一風変わっていることに気がついた。元々、4課分の居室をひとつにしているので、とても細長い部屋になっているのだが、各課の分割の仕方が変なのだ。居室の長辺に平行して4列の席が細く長く並んでいて、どうやら、その列がそれぞれの課の社員の席となっているようなのである。1課1列ということだ。

居室のドアに最も近い穴子課側の一番端の席には、それぞれの課の課長が座っている。各席に置かれているネームプレートを見ると、各課長の隣には副課長、その隣には係長、副係長、丸社員、副社員、一時社員と見事な序列で続いているのが分かる。仲良し4人組の課長の席を近くするためにこういう配置にしているとしか思えない。

(そういえば、合同四課の課長たちはトイレにも一緒に行くほど仲が良いって舞田課長が行ってたっけ)

美味はそんなことを思い出しながら、居室奥の長辺の壁側に視線を向けた。その壁に沿って、打ち合わせスペースや試作品制作スペースなどが設けられ長く続いている。横一列の課の配置はどうかとは思うが、その欠点を補うように効率的に居室内をレイアウトしているようである。

(ん? あれは何だろう?)

打ち合わせスペースに挟まれた居室中央壁側に、黒いカーテンで仕切られたブースがある。西洋畳6枚分くらいの広さくらいだろうか。そのブースは台に載っていて下には車輪が付いている。可動式ブースのようだ。黒いカーテンはキッチリと閉じられているので、視力の良い美味にも中に何が隠されているのか知ることはできない。

「ここが天堂さんの席です」

随分と歩いた後、大芋が指差した席は、隣のししとう課の居室に一番近い端の席、芋課の列の最後尾である。「まいたけ課 一時社員 天堂美味」とネームプレートがすでに机に設置されている。また、椅子の背もたれの後ろ側にも同じネームプレートが付けられていた。

「私の席は天堂さんの隣です。私、入社して日が浅いんですが、合同四課のことで何か分からないことがあったら聞いてくださいね」

「ありがとうございます、大芋さん!」

ほっこりしたスイートポテトのような大芋と隣だとは幸先が良い。美味は自分の席につき、机に手を置いた。その時、スルッと簡単に机が動いてしまった。

「わ、動いた」

「あっ、ごめんなさい。ロックするの忘れていました」

大芋が慌てて近づいてきて身をかがめた。机の下には車輪がついていて、大芋がその車輪をロックしてくれたのだ。

「これで動きません」

「ありがとうございます」

まいたけ課の机は一般的なもので、車輪など付いていなかった。椅子も合同四課のものは、片側の肘掛けに簡易机が収納されるタイプである。まいたけ課にはネームプレートもない。課が違うと色々と違うものだな、と思い美味が固定された机に私物を入れていると横から大芋が話しかけてきた。

「まいたけ課と違って合同四課は大所帯なので、しばらく慣れないかもしれませんが、ツレション4《フォー》は、気のいい方たちなんで、天堂さん、無事に2週間過ごせると思いますよ」

「ツレション4?」

何のことが分からず美味が大芋の方を向くと、大芋だけでなく周囲の席の社員たちが、皆、穴子課側の端の席を指差している。その先にいるのは4人の課長たちだ。

「連れションするほど仲が良い合同四課の課長たちのグループ名です。自分たちで名乗っているから陰口ではなく、逆に褒め言葉なんです」

「そうなんですね」

大芋や周囲の席の社員たちが、美味の言葉を聞き一斉にうなずいた。どうやら、ここ合同四課はツレション4を筆頭に全社員が仲良しなようである。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第4章 合同四課の決裂(1)」、いかがでしたでしょうか?

美味の「ライスワーク」とは何かがようやくわかりましたね! それは現代……米美術……??? うん、ちょっとわかりましたね。ついにママに! おめでとう!! の菊代さんが所望したのは虹リンゴ2個分くらいの新作。ということは手で持てるようなモノ? でも虹リンゴって普通のリンゴと同じくらいの大きさでしょうか。謎は深まりますね。
そしてようやく少し愛着の湧いてきたまいたけ課を離れ、合同4課の「ツレション4」とご対面です。ツレション4って……何でしょう、読み返すだにじわじわくるこの感じ。
今週はこの↓画像↓をスマホに入れて疲れた時は眺めながら、待て! 次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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