甘辛天丼まいたけ課 第4章 合同四課の決裂(2)

何とか異動初日を終え、美味《びみ》が帰ろうとした時、合同四課の課長たち、ツレション4《フォー》が仲良く4人揃って美味の末端の席までやってきた。

「今日は、天堂《てんどう》さんの歓迎会を兼ねてカラオケ交流会をするから参加して欲しいんだが」

芋課の芋戸《いもと》課長が言った。

「からおけ交流会は、月曜と火曜と水曜と木曜に開催してるんだヨ。楽しいヨ。歌おうヨ」

南瓜課のカボチャール課長が言った。

「是非、天堂くんにも、ツレション4の美声を聞いてもらいたいぜ」

茄子課の那須川《なすかわ》課長が言った。

「自分、天堂さんの歌も聞きたいであります」

蓮根課の蓮根《はすね》課長が言った。

4人とも子供のような邪心の無さで美味を誘ってくる。つい昨日、ライスワークを再開すると心に決めたばかりの美味はすぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいだ。しかし、歓迎会を兼ねていると言われると最初くらいは参加しなくては……という社会人生活で染み付いた「協調」という良いような悪いような気持ちが湧いてきてしまう。

「あ、では参加します……」

つい答えてしまった。

「じゃあ、10分後に開始だから」

その言葉を合図に、居室から一斉にガラガラという音が鳴り響き出した。

「……!?」

美味が周りを見渡すと、中央付近の席を中心に居室の両端へと席が移動されている。ガラガラという音は、その机の下についている車輪が動く音だ。

「天堂さんも、机を移動しなくてはなりません。椅子は残したままにしておいてください。ネームプレートが付いているので大丈夫です」

大芋に促され、美味も急いで自分の机を端に移動した。簡単に運べるので、すぐに中央部分に広いスペースができる。そこに各人の椅子だけが並べられた。

「今日は、天堂さんの歓迎会を兼ねているので、中央のツレション4の後ろに行った方がいいですね。私も一緒に行くんで安心してください」

美味と大芋は、課長たちの後ろに移動した。これが歓迎会のルールのようである。

「カラオケ当番の人が、カラオケブースをセッティングしなければならないんです」

大芋が指差した先に、カラオケ当番らしき数名の社員が、例の黒いカーテンで仕切られたブースを手前に移動させている。そして、黒いカーテンが開かれた。

「カラオケステージだ!」

黒いカーテンの中のブースは、最新のカラオケセットが搭載させた金色のカラオケブースであった。後ろには大きく丸い浮遊スクリーンが浮いており、上部に取り付けられた照明は曲調によって自動調光される最新型のものだ。ブースの中央には、金色のマイクスタンドが立ち、その前には歌う人が歌詞を見るための小型浮遊スクリーンが浮いている。

「これは、月曜と火曜と水曜と木曜のカラオケ交流会のためのものなんです。すごいですよね。私も最初はビックリしました。はい、これどうぞ。全部無料です」

隣の椅子に座っている大芋が美味に居酒屋のメニューのようなものを手渡してきた。ツレション4や周りの社員たちは、手慣れた様子で、片側肘掛けに収納されていた簡易机が引き出している。その簡易机の上に、すでに酒やつまみが用意されているところもある。

「確かにスゴイです」

しばらくして、居室の明かりが落とされ、ムードあるオレンジ色の光となった。金色のカラオケブースの中央には司会担当らしき社員がマイクを握っている。

「では、本日のカラオケ交流会、スタートです!」

美味の歓迎会を兼ねたカラオケ交流会が開始された。

開始と同時に賑やかな笑い声があちこちから聞こえてくる。カラオケも人気で、社員たちが次々と競うように喉を震わせて歌い盛り上がっている。美味も歓迎会ということで歌わされたが、何を歌ってもどんなに下手でも盛り上げてくれるので、なんとかカラオケミッションをクリアすることができた。そして、時間が経つうちに社員たちは歌をまともに聞くことはなくなり、歌が終わる時の拍手喝采をするだけとなった。それぞれのお喋りに夢中になっているのだ。

自分の番も終わりホッとした美味が、カラオケ当番に注文した薄ミルク酒をチビチビ飲んでいると、すぐ目の前の4人の課長たち、ツレション4の話し声が聞きたくなくても聞こえてきた。どうやらツレション4は黒穴課長のことを話しているようである。

「ほんと、黒穴課長が半透明でなくなって安心したよな」

「そうだヨ!」

「その通り!」

「同感であります!」

4人とも同じ意見のようである。栗ビールを手に持った那須川部長が、

「黒穴課長は『根暗』だったからなー」

と何気なく発言した。

「えっ、根暗……!?」

那須川課長の隣の席の蓮根課長の白い横顔がさらに白くなっている。

「ソだね。黒穴課長は、暗い地中から明るい地上にやっと出てきた感じダねぇ」

対照的に、カボチャール課長の声は明るい。

「暗い地中……明るい地上……」

美味の目の前に座っている、芋戸課長の声色が変わった。肩が震えている。

「では、次の方、あ、那須川課長とカボチャール課長ですね。お二人、ステージにどうぞ!」

司会担当社員に促され、那須川課長とカボチャール課長がステージに上がった。

「曲は、何と! 今話題の歌手『緑黄色べじたぶるズ』の新作デュエット曲です。『太陽サンサンお野菜ニョキニョキ』です! どうぞ!」

曲目のイントロが流れ出した。ステージ上の二人の課長はノリノリで尻を振ったりステップを踏んだりしている。

席に残された芋戸課長と蓮根課長の周りには、どんよりとした空気が漂っている。ふと横を向いた二人の顔が、地下深く、根菜類の棲家の暗い土の中へとにもぐっていくようなのに美味は気がついた。

「あ、大芋さん、私、もうそろそろ失礼します」

嫌な予感がした美味は、そっとカラオケ交流会を抜け出した。

* * *

昨夜は疲れて帰り、あまりマロンと話さないで寝てしまった。今日の朝食はマロンの新作で、ご飯にピッタリの「昆布味噌ディップ」が出された。美味は、それをササニコシキヒカリ米にたっぷりかけてモリモリと食べている。そんな美味は朝食を摂りながら、昨日の突然の短期異動とカラオケ交流会の一件をマロンに聞いてもらった。

「それは大変だったワン」

パズル柄のエプロン姿のマロンが、自分の朝食を美味の席の前に置いて座った。

「実は、昨日、ワンも……」

マロンは、昨日、パズル愛好会の活動の日であった。新入会員が入ったらしく、交流を深めるために急遽カラオケに行くことになったらしい。マロンもカラオケは好きなのでもちろん参加したそうだ。

「ワンが曲を決める前に、勝手にワンが歌う曲を誰かが登録していたワン……」

マロンがしょんぼりしている。

「え、勝手にマロンが歌う曲を入れられたの? 何の曲!?」

「ワン。その曲は、『犬のお巡りさん』だワン……」

マロンの瞳が潤んでいる。パズル愛好会の中でも、犬のマロンに対して冷たい態度を取る人がいるのだ。美味は、怒りに丸メガネを思わず外した。マロンのつらそうな表情がさらに良く見えてしまう。しかし、マロンは、怒りと心配で見つめる美味の方を見て、ニッと笑った。

「美味ちゃん、大丈夫ワン! 歌い切ったワン! 1番目は英々語に訳しながら歌って、2番目は中々語、3番目は印々語にしてみたワン!」

即興で様々な外国語に正確に訳しながらマロンは、「犬のお巡りさん」を歌い上げたのだ。もちろん拍手喝采である。その後も、自分の好きな歌を世界各国の言語に訳しながら歌ったという。美味は安心して丸メガネをかけ直した。

「ふふ、マロンって志藤課長レベルの対応力! さすが私のマロン! マロン大好き!」

美味の言葉に、マロンは「ワン!」と嬉しそうに吠えて尻尾を振った。

* * *

マロンとの朝の会話で元気を取り戻した美味は、異動2日目の合同四課に出勤した。すると居室内がおかしい。4列だった配置が変更され、細長い居室を十字に大きく分割され、4つの島に分かれている。しかも、異様な静けさだ。

「あれ、私の席は……?」

美味が入室してきたのに気がついた大芋が席を立って、美味に近づいて来てくれた。

「おはようございます。大芋さん。これは一体どうしたんです」

静寂さの中で美味の声だけが響く。

「おはようございます……天堂さんの席はこちらです」

大芋は、そっと人差し指を口に添えた。今は話せない、とつぶらな瞳が語っている。大芋が無言で案内したのは、4つの島のちょうど真ん中にポツンとひとつだけある席、一人小島である。

「ここ――ですか?」

大芋が無言でうなずいた。そして、そのまま芋課の島の自分の席へと戻ってしまった。仕方なく、居室の中央の一人席に座った美味だが、この険悪な雰囲気の中では仕事に集中することは難しい。居室内をさりげなく観察すると、ツレション4の4人の課長たちの席は居室の四隅にあった。それぞれが最も遠くなるような位置にいるのである。

しばらくして、課長たちは課長会議へ、丸社員たちはそれぞれの会議や打ち合わせに出掛けてしまい、居室内は副社員と一時《いっとき》社員だけとなっていた。

「天堂さん、ちょっとカラオケブース内の後片付けを手伝ってもらえますか?」

いつの間にか、大芋が美味のそばに来ていた。何か言いたげな顔つきである。

「ああ、いいですよ」

美味が大芋とカラオケブース内の黒いカーテンの中に入ると、大芋が美味の耳のそばに口を近づけ、とても小さな声で話し出した。

「席の件、ビックリされたでしょう? 天堂さんは短期異動者で、どこの課にも属していないから、仕方なくあんな配置になったんです。私は天堂さんの席は芋課のままでいいと思ったんですが、他の課の課長たちが反対してしまい……」

「一体、何があったんですか?」

「実は、昨日、天堂さんが帰った後……」

大芋が教えてくれたことは、美味が耳にした「根暗」発言が原因であった。美味が帰った後、「地中にあるものが根暗で無能であるような発言は断固許さん!」と芋課の芋戸課長と蓮根課の蓮根課長が怒りだした。そして、地中お野菜の芋戸課長と蓮根課長は怒りのあまり、地上お野菜の南瓜課のカボチャール課長と茄子課の那須川課長のことを罵倒し始めたそうだ。

「最初は、地上お野菜と地中お野菜との対立のようだったのですが、だんだん話がこじれていってしまったんです」

一度ほつれた結束の糸は止まることなくほどかれてゆく。憎しみの気持ちが増幅されてゆき、地中2人対地上2人だった対立が、いつの間にかそれぞれが憎悪の対象の喧嘩へと変わっていたのだ。

――芋は、食べ過ぎると臭い屁が出る屁っこき野菜。

――南瓜は、地上といっても地を這うだけのゴロツキ者。

――茄子は、スカスカで栄養分なしの軽薄野郎。

――蓮根は、穴子が住み着きそうな穴だらけの阿呆。

それぞれの悪口をマイクを奪いながら言い合う修羅場になってしまったという。カラオケ交流会はもちろん中止だ。その代わり、急遽、暫定的な席替えになったそうだ。

「そんなことになり、それぞれの課の社員たちも、課長に習って他課の人々と話さないようにしているんです。まさか、こんなことになるなんて……」

そこに、居室のドアが大きな音を立てて開き、足音と怒声が聞こえた。大芋とともにカラオケブースからそっと出た美味が見たのは、ツレション4の4人の課長である。皆、鬼のような形相だ。あんなに美味しそうな素朴な野菜顔だった四人が、農薬たっぷりの腐りかけた野菜のようになってしまっている。

「根暗のオナラ野郎には、今回の合同四課の企画の趣旨が分からんのか!」

那須川課長が叫んだ。

「ははん! 芋の濃厚な澱粉質へのやっかみか? 蓮の野郎のように俺はスカスカじゃない!」

芋戸課長が反論した。

「蓮根の穴は美しい! ゴツゴツの南瓜とは訳が違うのであります!」

蓮根課長がわめいた。

「超軽いおナスが100個かかっても、カボチャの重さには敵わないヨ!」

カボチャールが絶叫した。

仲の良さに比例して、喧嘩も激しいのだろうか。部下の社員たちを前に、罵詈雑言は尽きることなく続く。しばらくして、丸社員たちも戻って来た。課長たちにならい、今まで仲良くしていた副課長は副課長どうし、係長は係長どうし、それぞれの役職どうしで喧嘩をしている。しかし、その喧嘩の激しさは社員の序列が低くなるとともに沈静化し、副社員や一時社員に至っては呆然と眺めているだけである。美味も大芋とともに、困った顔で課長たちの喧嘩を見つめているだけだ。

熱を帯びた4人の課長たちの声のトーンが一段と高くなった。

「もう、合同四課の企画は止めだ、止めだ! 僕は抜ける!」

「ワタクシだってヤメルよ!」

「無責任なやつらだ、企画だけでなく、ツレション4も俺が先にやめてやる!」

「とにかく、合同四課なんてものは解散であります!」

合同四課の決裂、その瞬間であった。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第4章 合同四課の決裂(2)」、いかがでしたでしょうか?

いつでもどこでも超仲良し、カラオケ交流会週4日開催の合同4課・ツレション4の仲良しぶりに驚かされたばかりだというのに決裂、しかも原因は、太陽サンサンお野菜ニョキニョキと地上野菜を賞賛したせいって……爆笑ポイントの多すぎる今回でしたが、現実にも似たようなことがありそうなだけに、やがてほろ苦カラオケ会。美味が明日こそ落ち着いてライスワークに取り組めることを祈りつつ、待て、次号!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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