甘辛天丼まいたけ課 第4章 合同四課の決裂(3)

美味《びみ》が合同四課に異動になって3日目である。野に咲くたんぽぽのような大芋の「天堂《てんどう》さん、無事に2週間過ごせると思いますよ」という言葉を聞いたのが、はるか昔のような気分になってしまう。そう、その言葉は現実とはならなかった。ツレション4《ふぉー》の大喧嘩の末、合同四課が解散になってしまったからだ。今日は、朝から合同四課の最後の全体会議である。とはいっても、以前のように全員が集まり意見を自由闊達に言い合うスタイルではない。マルコン上でのリモート会議なのだ。皆、同じ居室にいても、である。

「デハ、コレカラ合同四課ノ最終会議ヲ始メマス」

合同四課居室内の全てのマルコンから同じ合成音声が流れ始めた。

「本日ノ議題ハ、合同四課解散後ノ合同居室ノ利用方法デス。特ニ、各課ノ居室ヲドウ配分スルカガ重要デス。マズハ、穴子課カラ、シシトウ課マデヲ通常ノ居室ト同ジ形ニ四分割シタ場合ニツイテ、ゴ意見ヲドウゾ」

現在は暫定的に広い居室を十字に四分割しているだけだ。居室を分割する壁をどのように作り、どこにどの課を割り振るかを決めなくてはならない。合同四課以外の他の課と同じ普通の形の居室にする場合にすればよい……というわけにはいかない理由があった。

「芋課ノ芋戸《いもと》課長カラノ発言――僕ハ、アイウエオ順ニシタラ良イト思ウ」

これは芋課が「穴子課」の次の居室になるということだ。それは芋課が天丼部の第三位の地位に就くことを意味する。すぐに他の課長たちから反対の意見が出た。

「南瓜課カボチャール課長カラノ発言――ワタクシハ、反対! 重クテ大キイ順番ニスルト良イト思イマスヨ」

「茄子課那須川《なすかわ》課長カラノ発言――俺ハ、アイウエオ順モ、重クテ大キイ順モ反対ダ! 軽クテ長イ順デナクテハナラン!」

「蓮根課蓮根《はすね》課長カラノ発言――自分ハ、全部反対デアリマス! 逆アイウエオ順ガ一番デス。蓮根課ガ、穴子課ノ隣ノ居室ニ入ルデアリマス!」

マルコンの合成音声を介しての喧嘩が始まってしまった。課長以外の社員たちが口を挟める状況ではない。しかし、会話は堂々巡りで一向に進まない。

居室内の雰囲気は最下最低最悪だ。合同居室が脱出不可能な暗黒世界、ブラックホールと化しているとしか思えない。しかし、2時間ほど不毛な討論が繰り返されたため、さすがに元ツレション4の4人の課長たちに疲れが出てきたようだ。

「芋課芋戸課長カラノ発言――課長以外ノ社員デ何カ意見ガアル人ハイナイカネ?」

行き詰まった会話を脱却するためか、芋戸課長が意見を課長以外の社員たちに求めた。しかし、こんな暗黒ブラックホール居室の中で自分の意見など言えたものでない。

「……」

「……」

居室は静まり返っている。しばらくして、合成音声が流れた。

「南瓜課カボチャール課長カラノ発言――ココハ、第三者の意見ガ必要ダト思ウヨ」

「茄子課那須川課長カラノ発言――同感」

「蓮根課蓮根課長カラノ発言――同意」

美味は嫌な予感がした。

「芋課芋戸課長カラノ発言――デハ、短期異動者ノ、マイタケ課ノ天堂サン、ゴ意見ヲドウゾ」

嫌な予感は当たった。マルコン越しに、居室内全員の視線が中央の一人小島にいる美味に注がれているのが分かる。視線と静けさに息が詰まる思いだ。

(どうしよう……。何か早く発言しなくては……)

美味がマルコンに打ち込んだ文字がすぐに合成音声となって流れ出た。

「マイタケ課一時《いっとき》社員天堂部員カラノ発言――今マデ通リデ、良イノデハナイデショウカ?」

しばらく沈黙が続いた。そして、意外な反応があったのだ。

「芋課芋戸課長カラノ発言――賛成」

「南瓜課カボチャール課長カラノ発言――賛成」

「茄子課那須川課長カラノ発言――賛成」

「蓮根課蓮根課長カラノ発言――賛成」

他の社員たちも次々と「賛成」と発言してきた。

美味は、ホッとした。これで仲直りして元に戻ってくれる。無事に2週間の短期異動期間を過ごせるのだ。――しかし、それは違っていた。

「芋課芋戸課長カラノ発言――天堂サンノ意見ヲ採択シ、各課ノ居室ハ、今マデ通リノ四列デ各列ノ間ニ壁ヲ設置シマス」

居室内からどよめきが起こった。

そう、元ツレション4の4人の課長たちは、美味の発言を別の意味、「元の4列の状態で間に壁を設置」として捉えたのだ。そして、4人の課長たち以外の社員全員の「賛成」は、美味の意図した「元の通り仲良くしよう」への「賛成」であることが、その落胆のどよめきが証明していた。

合同居室を細長く四分割する案が進められ、細かい段取りも決まってしまった。打ち合わせスペースに関しては、時間を区切ってローテーションで各課が利用することになった。工事は今夜に行われ、明日の朝には壁が出来上がっているという迅速な対応である。

昼休憩時間、居室中央の一人小島にポツンと座る美味はいたたまれずに廊下に出た。すると、キラキラとしたキラメキを放つ人物がこちらにやってくる。老王子のような風貌のあの人物、天丼部の頂点に鎮座する海老沢部長である。胸ポケットにはいつものように赤い薔薇が入っているが、今日は1本ではなく沢山入っていた。

「やあ、君は天堂くん……だったね。調子はどうだい」

「お疲れ様です。えぇ、私は元気です。でも……実は、今、合同四課に短期異動しているんですが、合同四課が解散するらしいのです」

美味のその言葉に、海老沢部長は眉間に深いシワを寄せた。と同時に、口元に深いほうれい線も現れてしまっている。

「ほほぅ。あの仲良し課長たちが仲違いか。喧嘩はいけないね。では、私が皆を仲直りさせてあげよう」

海老沢部長は華麗なステップで合同四課のドアを高らかにノックすると、中に入って行ってしまった。美味も慌てて後に続く。突然の海老沢部長の来訪に居室内がざわめいている。海老沢部長は、よく通るダンディーな声で言った。

「芋戸課長、カボチャール課長、那須川課長、蓮根課長。君たち、同じ一般的なごく普通のお野菜なんだから仲良くしなくてはいけませんよ」

そして、海老沢部長は静まり返る居室にステップの音を高らかに響かせながら、四隅の4人の課長の席を回り、胸ポケットに入っていた薔薇の花を1本ずつ渡した。

そして、居室中央の美味の席の近くに移動した海老沢部長は長い髪をかき上げた。

「その薔薇は君たちの4人の友情の証です。はは、遠慮せずにもらってください。さぁ、これで仲直りだ。ははは!」

4人の課長たちは、「はは……そうですね」と苦い表情だ。

薔薇を渡して満足した海老沢部長はステップを踏みつつ合同居室から出て行ってしまった。

「……」

「……」

「……」

「……」

すぐに、課長の1人が中央の一人小島の美味の席に来た。そして、もらった薔薇を美味に無言で渡してくる。すると、他の課長たちも同じように順番に美味に薔薇を渡しに来た。それぞれの席に戻った課長たちは素知らぬ顔になっている。

(海老沢部長に何も言わなきゃ良かった……)

美味は、集まった4本の赤い薔薇を仕方なく自分のマグカップに入れた。

合同四課が解散になり、美味もまいたけ課に戻っても良さそうなものだが、そうもいかなかった。それぞれの課長から別個に仕事を依頼する予定があるから当初の約束通り2週間いて欲しいと頼まれてしまったのだ。しかも、元合同四課からの依頼の前に穴子課からも依頼がきている。まずは穴子課の仕事を仕上げてしまおうと、美味は穴子課から資料をもらいに行くため廊下に出た。すぐ隣の穴子課は壁にあった穴子目玉監視装置が全て撤去されて清々しいブルーの壁になっている。穴子課をノックしようとした時、ちょうど中から一人の社員が現れてぶつかりそうになった。それは穴子課の若手男性社員、如呂田《にょろだ》である。

「おっと、失礼しました。あなたは、まいたけ課の超立体画像の編集担当の天堂さんですね? 私は穴子課の如呂田です」

「あ、はい。天堂です。よろしくお願いします」

如呂田は、今、女性社員たちの間でファンクラブができるくらいの人気だ。すらりとした長身に加え、甘すぎず濃すぎもしない整った美雛人形のような顔立ちをしている。さわやかな笑顔で話しかけられ、美味も頬が赤くなっていくのを感じたほどである。

「僕、今、まいたけ課に超立体画像の編集資料を届けに行こうと思っていたんです」

「そうですか。私も資料を頂きにきたのでちょうどよかったです。しかも、私は今はまいたけ課ではなく合同四課で仕事をしているんで」

「あ、そうでした。そんな話を耳にしましたね。失礼しました。どうですか合同四課は?」

「実は……」

鬱々とした気分となっていた美味は、つい居室であったことを如呂田に話してしまった。如呂田は、ふんふんと驚いたように聞いている。

「喧嘩をしているという噂は耳にしてましたが、それほど深刻だとは……困りましたね……。うちの穴子課も色々とありましたが、今はとても順調です。ですから、何か大きな山を乗り越えれば、また良い展開になるのではないでしょうか」

まっすぐな視線で話す如呂田の言葉は、心からの真摯な励ましに感じられる。

「私は2週間だけの短期異動の別の課の者なので、その間、我慢すればいいのですが、他の在籍している社員の方々がかわいそうで……」

美味の脳裏にはスイートポテトのような大芋が浮かんでいる。

「あ、でも、他の課なゆえに第三者の外部としての意見を求められてしまいましたが」

「天堂さん、第三者の意見を聞く気持ちがあるのいうのは、まだ救いがあるのかもしれませんよ。――もしかすると、その喧嘩はそう根深いものではないような気もします」

「そうでしょうか?」

「外部の方の意見というのは、往々にして真実の場合があると思います。米部の副部長は外部の方です。偏りそうな全体の思考を正す役割をしています」

「米部の副部長が外部の人?」

「とても優秀な方ですよ。なので客員丸社員として特別に副部長の役職がついているんです」

さりげなく別の話題に変え、美味を気分転換させる如呂田の優しい気遣いでついつい長話になってしまっていた。ふと如呂田の視線が美味の後方に移った。誰かいるのだろうか。美味は後ろを振り向いた。そこにいたのは真音《まね》である。全身緑色の志藤課長のミニバージョンのような真音が、穴子課の前の廊下を行ったり来たりしているのだ。

「あ、真音さん」

美味は思わず声をかけた。すると、

「わぁ、天堂さん、元気ぃ~。あ、如呂田さんもお久しぶりですぅ~」

と近づいて来た。ピンク色に頬を染めている。

「偶然にお会いできるなんてぇ~。実は、如呂田さんにちょっとお聞きしたいことがあってぇ~」

ぐいぐいと話に入り込んだ真音は、すぐに如呂田との会話を独占してしまった。

「それでぇ~、合同四課みたいにぃ、穴子課とまいたけ課で合同で企画したらいいかなぁ~って思っていてぇ~」

瞳がハート型になった真音の話は止まらない。優しい如呂田はウンウンと話を聞いてあげている。すっかり会話から仲間はずれにされてしまった美味は、黙礼する如呂田に頭を下げ、そのままブラックホールと化している合同四課の暗黒居室へと戻って行った。

(しかし、如呂田さんが言っていた米部の副部長って誰なんだろう?)

美味はそのことが気になってしまっていた。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第4章 合同四課の決裂(3)」、いかがでしたでしょうか?

デスクの上には美しい花。でも憂鬱そうな美味のこの表情。今回のストーリーを象徴している名カットなのでもう一度。

あー、薔薇はこんなに綺麗なのに。なんかもう、無駄なほどにキレイだっていうのに。もうすぐ合同四課(改め、決裂四課)を去る身ながら、残される社員を気にかける美味の優しさは報われるのでしょうか? それと、米部副部長って誰なんでしょうね。小米田*号のどれか!? うーん、気になりつつ、待て! 次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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