とうとう壁ができてしまった。元ツレション4《ふぉー》の4人の課長たちが合意した通り、細長い4列を各列で分割し、その間に壁が作られたのである。穴子の寝床が4つあるようなものだ。廊下に通じるドアは元の合同四課のままでひとつなのだが、廊下から中に入ると各課のドアが4つ並んでいる状態である。また、ドアに取り付けられていた芋、南瓜、茄子、蓮根のキャラクターが描かれた仲良しプレートも4つに割られ、それぞれの新しいドアに掛かっている。
そして、元合同四課のどの課にも属さないまいたけ課の美味《びみ》の席だけは、廊下のドアを入った奥に置かれた。奥の長い壁に沿った打ち合わせスペースの端で、4つのドアの方を向いた場所である。常に4つの課の社員たちが出入りするのを見守るような状態で集中できない環境だ。
もちろん、合同四課解散とともに、芋、南瓜、茄子、蓮根の商材をメインとした新商品の開発は中止されたのだが、美味は当初の予定通り2週間いることになっている。それぞれの課から個々の依頼があるようだからだ。元合同四課のそれぞれの課と関われるのは、今や美味だけとなってしまった。
穴子の寝床状態に居室が分割されて数日後のことである。
「天堂さん、以前に依頼すると言っていた業務をお願いしたいんだが」
芋課の芋戸《いもと》課長が美味の席にやってきた。
「他の課の人には内緒だよ。特に南瓜課と茄子課と蓮根課のアホ課長どもには絶対内緒にしてよね!」
芋戸課長は周りを伺いながら小声で言うと、「じゃあ、頼んだよ!」と資料を置いて急いで行ってしまった。しばらくして、南瓜課のドアがそっと開き、中から南瓜課のカボチャール課長が顔を覗かせた。
「天堂サン、この超立体画像の編集お願いしたいンです。でもネ、芋や茄子や蓮根のオマヌケ課長達には秘密にしてネ」
ささっと美味の席に近づくと、紙の束を押し付けて、すぐに南瓜課の居室に入っていった。そして、数十秒後、今度は、茄子課の那須川《なすかわ》課長が美味の前に姿を現した。ソワソワとしながら、机の横からそっと書類を渡してくる。
「この仕事を是非お願いしたい。でも、芋野郎や南瓜野郎や蓮根野郎には口外無用だぜ」
書類を渡してホっとした様子の那須川課長が茄子課に戻っていった後、ほどなくして、今度は蓮根《はすね》課長が蓮根課から出て来た。平静を装っているが、ロボットのような不自然な動きである。美味に近づくと、
「自分、天堂さんに業務依頼をするであります。しかし、これは課外秘でありますので芋や南瓜や茄子のような下級の課長たちには何も教えないで欲しいであります」
と素早く資料を渡してきた。と同時に、瞬時に走って蓮根課の居室に入って消えた。
元合同四課の課長たちはそれぞれ新たな独自企画を秘密裏に進めようとしているようだ。ライバル心剥き出しの態度に美味は思わずため息をついた。
「ふぅ……同時に4つも仕事依頼が来ちゃった。忙しくなりそうだな」
机の引き出しに溜まった4つの資料を取り出した。
「ん? んんっ?」
その資料を見た美味は驚いた。忙しくはなりそうにない。この分だと残業はしなくて済みそうだ。なぜなら、4人の課長たちが依頼してきた仕事は同じ内容、元の合同四課で企画していた新商品そのものだからだ。秘密裏に進めようとしていた企画は各課独自の企画ではなかったのだ。思わず美味は、
「ふふふ」
と声に出して笑ってしまった。早く終わりそうな分、最高に凝った超立方体画像に仕上げてあげよう。美味は、丸メガネをかけ直し、マルコンの画面に集中した。
* * *
激動の短期異動の1週間が終わり、ようやく休日となった。
「美味ちゃん、マロンクッキー焼き上がったワン」
マロンに呼ばれて、ライスワークを再開させていた美味は小休止にした。マロンのマロンクッキーは絶品だ。そして、今日は他にもお菓子がある。元合同四課の企画していた新商品の実物資料で、試食用にと沢山もらったものである。もちろん、それぞれの課長から内緒で渡されたのだ。その商品は、「カリカリ直感・4色お野菜スティック」である。芋はピンク色、南瓜は黄色、茄子は紫、蓮根はクリーム色で見た目がかわいいだけでなく、スナック菓子なのに完璧な栄養をとれる。さらに、カリカリという歯応えが脳に刺激を与えることによってヒラメキが生まれたり、ストレスが解消されたりするという効果もある画期的な商品なのである。
出来立てのマロンクッキーを食べながら、美味は話し出した。
「そうそう、マロン、聞いてよ。元合同四課の課長たちは、もう連れションをしてないんだけど、トイレに行く時の後ろ姿が全員、同じようにうなだれていて寂しそうなんだぁ。私の席からは嫌でも見えちゃうからさ。あと、私が画面に集中している時なんかは、他の課のドアに耳を当てて中の様子聞いていたりするんだよ、課長たち全員が!」
「気になって仕方ないんだワン」
「それにさ、ツレション4のそれぞれに『他の課長たちは、へそ曲がりで子供っぽいですね』とかわざと悪口を言ってみると、『そんなに悪いやつらじゃない!』とムキになってかばってくるんだよ」
「美味ちゃん、ツレション4は元の仲良しに戻りたいんだワン」
マロンには会社のことを毎日話しているので事情はよく分かっている。さらにマロンは勘のいい犬だ。というより、いくら勘が鈍くても課長たちが仲直りしたがっているのは誰でも分かる。
「やっぱりそうだよね」
「決まっているワン」
マロンは、耳をピンと伸ばした。
「そして、美味ちゃんは、合同四課の課長たちを仲直りさせたいワン?」
「うん……でも、マロン、どうしたらいいんだろう?」
素直にうなずく美味を見て、マロンはお野菜スティックに手を伸ばした。4色を各1本ずつ、4本を同時にかじる。
「カリッ」
マロンは静かに目をつむった。
「ワン……なかなかの良いお味だワン……」
カリカリとかじりながら何か考えている様子である。
「ワン!」
マロンの目がパチリと開いた。
「ひらめいたワン!」
* * *
休み明け、美味は4つの密閉容器を会社に持参していた。中にはマロンの秘策のあるものが入っている。
「天堂さん、超立体画像編集の調子はどうだい?」
芋課の芋戸課長がやってきた。
「順調です。芋戸課長」
「それは良かった。ところで試食はしてくれたかね?」
「はい。とても美味しかったです。カリカリかじってストレス解消できました。私の家族も気に入ってましたよ。それで、その家族が料理好きなんですが、お野菜スティックによく合う特製ディップを作ったんです。試食品のお礼に差し上げます。是非、付けて食べてみてください」
美味は、特製ディップの入った密閉容器を渡した。
「いいのかい? じゃあ、いただくよ」
芋戸課長は喜んで受け取った。芋課の居室に戻るその後ろ姿を見て、思わず美味はニヤリと笑った。
(マロン、やったよ! この調子であと3つ……!)
密閉容器はまだ3つある。渡すのはもちろん……残る3人の課長だ。案の定、課長たちは次々と超立体画像編集の調子と試作品の感想を聞きに美味の元にやってきた。そして、美味はその特製ディップをそれぞれに無事、手渡すことが成功したのだ。後は反応を待つだけ……と思っていた時、
「4件、通知ガアリマス」
と美味のマルコンの合成音声が鳴った。元合同四課の課長たちからである。すこぶる早い反応だ。
「ふむふむ……」
それらの通知は同じ内容である。特製ディップがとても美味だったので、これを是非お野菜スティックとともに商品化したいのでレシピを教えて欲しい、もちろんレシピ使用料などは支払う、とのことだ。
「ふふ……さすがのマロン!」
マロンの目論見通り事は進んでいる。事前にマロンと相談した通り、美味は返信文を書いた。間違いがないか、美味はその返信文を小さく音読してみる。
「商品化でレシピを提供するのは構いませんが、ひとつ条件があります。この条件を受諾していただかないとレシピ提供はできかねます。条件とは、元合同四課の4人の課長たちが揃っている前で、特製ディップの作り方を実演し、お教えすることです」
文面に問題はない。美味は、4人の課長宛にマルコンの送信ボタンを押した。
(つづく)
※次回の掲載は、2022年5月8日(日)となります。次週2022年5月1日(日)は休載です。よろしくお願いします。
(作・浅羽容子)
<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟
浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第4章 合同四課の決裂(4)」、いかがでしたでしょうか?
今週はお腹の鳴る回でしたね。万能犬・マロン特製マロンクッキーも美味しそうだけれど、下級のアホ課長どもの「カリカリ直感・4色お野菜スティック」もなかなか良さそうではないですか……カリカリ直感4本食べでマロンちゃんが思いついたナイスアイディアとは!? 4色お野菜スティックをかじってるつもりでカリカリと、待て! 次号!
ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。