甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(1)

合同四課への美味《びみ》の突然の異動からちょうど2週間経った日の朝である。

「テンドーン」

すっかり聴き慣れた入場音とともに天丼部のドンブリゲートをくぐると、赤い絨毯が敷かれた廊下の脇に今までなかったマガジンラックが設置されていた。

(そういえば、テンドンゲートそばに天丼部のマガジンラックを設置するらしいって大芋《おおいも》さんが言ってたっけ)

美味は立ち止まってマガジンラックに並べられているものを見た。回覧版のバックナンバーのほか、天丼部の商品が掲載された雑誌、新商品のチラシなど天丼部に関係する様々なものが置かれている。その中には、「お一人様一枚まで」という注意書きとともに、合同四課の新商品発売決定記念として「カリカリ直感・4色お野菜スティック」の無料引換券が束で置いてあった。美味は合同四課の課長たちから試食品としてすでに現物を沢山もらっているため無料引換券はもらわなかった。

(マロンの特製ディップの商品化も進んでいるから、追加でさらに試食品をもらえそうだなぁ)

そんなことを考えながら歩いていた美味はつい合同四課のドアを開けてしまいそうになった。今日からはまいたけ課勤務に戻ったのだ。ドアノブから手を外すと、合同四課の居室を通りすぎ、美味は長い廊下の先へと歩いていった。

「天堂《てんどう》さん! やっと戻ってきてくれた!」

舞茸が張り付くドアを開けて、まいたけ課の居室に入った美味に声をかけてきたのは赤い毒キノコカットのきの子である。

「おはよう! きの子さん、久しぶり。やっと帰ってこれたよー」

舞田課長と真音《まね》はまだ出社していないようだ。

「いやぁ~、帰ってきてくれて本当に嬉しい!」

きの子の言葉が本心なのは、きの子の笑顔を見ればすぐに分かる。

「合同四課では色々とあったけど、良い経験になったよ」

「噂は聞いてる。大変だったね。お疲れ様。しかし、シャイン祭《さい》準備前に天堂さんがまいたけ課に戻ってきてくれて良かった」

「……シャイン祭?」

その時、まいたけ課のドアが開いた。

「あ、天堂さんだぁ~、久しぶりぃ~」

入室してきたのはミニ志藤課長と化している全身緑色ファッションの真音である。

「お、天堂くん。帰ってきたな」

続いて後ろから入ってきたのは、舞茸カットのふくよか中年男性、舞田課長だ。

「はい、無事に任務を終えて帰ってまいりました」

「僕の部下が合同四課で活躍していたのはこの二つの福耳に届いているよ。ご苦労、ご苦労」

舞田課長は席に着くなり、特大ドーナツにかぶりついている。居室内の舞茸ラボの舞茸たちと同じように、美味が留守にしていた2週間で舞田課長もずいぶんと成長している。そんな舞田課長はドーナツのカスを周囲に飛ばしながら話し始めた。

「天堂くんが帰ってきたところで、我がまいたけ課も来月末のシャイン祭の準備開始だな」

「そうですねぇ~、まいたけ課は人数が少ないから早めにシャイン祭の準備しないとですよねぇ」

「……シャイン祭?」

舞田課長も真音もきの子と同様に「シャイン祭」という言葉を口にしている。何のことだがさっぱり分からない美味が頭を捻っていると、その様子を察したきの子が説明をしてくれた。

「天堂さん、シャイン祭っていうのはね、年に1回、このブラックホールで働く全社員のためのイベントのことなんだよ。学校の文化祭のようなものなんだ」

「そうそう、各部各課が展示やイベント、物販など好きな出し物をするのよぉ~」

真音もきの子に負けじと美味に説明を始める。

「天丼部は出来て2年の新しい部だから、もちろんまいたけ課での参加も2回目なのぉ」

「去年は、何で参加したんですか?」

美味の問いに舞田課長が口を挟んできた。

「去年は、『まいたけ姫』の芝居をしたよ」

あの有名な童話「まいたけ姫」である。舞茸国のまいたけ姫が隣国の椎茸国のしいたけ王子と恋に落ちる話だ。まいたけ姫はしいたけ王子に求婚されるのだが、お互い一人っ子であるため、周囲から猛反対される。ついには舞茸国と椎茸国との戦いに発展しそうになり、困った二人は、最先端の技術を実験的に用いて、危険を冒し自らを培養しそれぞれのクローンを作ることに挑む。何度もの失敗を経て、20年後に実験はついに成功する。そのクローンたちにそれぞれの国を任せ、すでに30代後半となったまいたけ姫としいたけ王子はひっそりと森へと逃げる。そして、森の中に「舞椎茸国」という共和制の新たな国を作り穏やかに暮らしていくという内容である。美味も小さい頃に読みハラハラドキドキした思い出がある。

「やはり、まいたけ姫の役は真音さんだったんですか?」

「うん? 違うよ、まいたけ姫は僕だよ。しいたけ王子は海老沢部長だったんだ。まいたけ課は人数が少ないから困っていてね、海老沢部長に相談したところ王子役だったらやってもいいって言われたんだよ。そしたら、僕が姫役やるしかないでしょ? ね?」

ほんのり顔を赤らめる舞田課長のネクタイの柄は、今日も極小の海老柄である。

「私は、舞茸の妖精と椎茸の妖精の役を兼務したのよぉ~。きの子さんは、毒キノコ役と意地悪な両親役と出番がない時は照明とか雑務をしたわ」

きの子は嫌な思い出があるようで苦い顔つきになっていたが、急に思い出したようにニヤリと笑ってつぶやいた。

「……すごっくウケましたよね」

確かに想像しただけで面白そうな配役ではある。美味は笑いそうになるのを堪えてさりげなく話題を変えた。

「それで今年はどうするんですか?」

「どうしようかしらぁ~。早めに決めないとぉ、私はバースデー休暇に入っちゃうからねぇ」

「そうだった! いつもこの時期は真音ちゃんのバースデー休暇だったよね。ボーナス出た後だからタイミングいいよなぁ」

丸社員にはバースデー休暇というものがあるそうだ。誕生日を含む一週間が特別休暇になるという。もちろん、副社員と一時社員にはそのような制度はない。もちろんボーナスもない。

「そうなんですぅ、ボーナス後なんで嬉しいんですぅ」

はしゃぐ真音に対し、美味は思わずポツリと言った。

「ボーナスって……おいしいんですか?」

真音は、大袈裟に思えるほど驚いたという表情を作っている。

「やっだぁ、天堂さん、何言ってるの~。ボーナスって茄子じゃないわよぉ」

「はは、天堂くん、ボーナスは美味しいぞぉ。茄子課の那須川課長もびっくりするほど旨いぞぉ」

「はぁ、食べたことないんで」

「もぉヤだ! ボーナスは食べ物じゃありませぇん」

さもおかしいというように笑いだす真音と舞田課長だが、きの子は下を向いたまま無言を貫いている。

「ははは……」

美味は返事代わりに乾いた笑いをするしかなかった。

「コンコン」

そんな話をしている最中、まいたけ課のドアをノックする音が聞こえた。応対するより先にドアが開いた。居室に入ってきたのは海老沢部長である。

「やぁ、まいたけ課のみなさん、ごきげんよう」

後ろにいるキャラメル色のスーツを着たモデルのような美女は第十二秘書である一時社員の清川だ。薔薇が沢山入った籠を抱えている。海老沢部長と清川は、まるで100年前の少女漫画に登場する主要人物たちのような煌めく華やかさである。

ステップを踏みながら勝手に入室してきた海老沢部長は胸ポケットの4本の赤い薔薇をすばやく抜き取り上方へと投げた。薔薇は緩やかな弧を描きながら、舞田課長、真音、きの子、美味のそれぞれの机の上に見事に着地した。

「清川くん!」

「はいっ」

清川は抱えた籠の中から新しい薔薇を取り出すと海老沢部長の胸ポケットに挿し入れた。どうやら清川は胸ポケットの薔薇補充係をしているようである。終始、優雅な微笑みを絶やさない清川だが、心の中では海老沢部長のことをKusoGG《くそじじい》と思っている可能性は非常に高い。

胸ポケットに新しい薔薇を挿した海老沢部長が美味の顔を正面から見据えた。

「天堂くん、先日はどうも。天堂くんに相談され、私が機転をきかせて友情の証の薔薇を4人の課長たちに配ったことで合同四課が和解したようだね。その後はどうだい?」

合同四課の仲裁の立役者は、海老沢部長ではなく美味とマロンがだということは皆、噂で知っているはずだ。

「ん?」

美味に一歩近づく海老沢部長の瞳が高圧的な光を帯びている。

「あ、はい。海老沢部長の薔薇のおかげで、合同四課に良い効果が生まれました。あの件では本当にご尽力くださり、ありがとうございました」

美味は嘘を言ってはいない。しかし、海老沢部長は曖昧な表現である「良い効果」という言葉を自分の都合の良い方に解釈してくれたようだ。鋭かった目が穏やかになっている。

「うん、それは良かった。また何かあったら私が解決してあげよう」

そして、海老沢部長は舞田課長の方を顔を向けた。

「実は、今日は、舞田課長と天堂くんにお願いがあってやってきました」

海老沢部長が直々に配下の部署に出向いてお願いすることとは……まいたけ課の居室に緊張が走った。

「天堂くんにシャイン札《さつ》のデザインをお願いしたいのです」

「シャイン札……?」

海老沢部長は、極上の光り輝く笑顔とともに軽く首を縦に動かした。

「そう。シャイン札作りはブラックホール全体に関わることなので、部長である私が直接依頼しなければならない決まりなのです。詳しいことは、天丼部のシャイン祭実行委員が如呂田《にょろだ》くんだから、彼に聞いてください。では、天堂さん、頼みますよ」

美味が受諾の返事をする前に、海老沢部長は清川を連れ、さっさとまいたけ課から出て行ってしまった。

「シャイン札のデザイン!?」

またまた分からない単語を聞かされ戸惑う美味を、海老沢部長の話の中の「如呂田」という名前に反応した真音がじっとりした視線で見つめていた。

(つづく)

(作・浅羽容子)


<編集後記> by ホテル暴風雨オーナー雨こと 斎藤雨梟

浅羽容子作「甘辛天丼まいたけ課 第5章 偽札事件(1)」、いかがでしたでしょうか?

まいたけ課に戻って一息つく間もなく、謎のキラキライベント・シャイン祭に丸社員たちは浮かれた様子。ボーナス何それ美味しいの? という一撃もまったく通じず、薔薇を絶やさぬ老け王子が次第に現す馬の脚……じゃない、KusoGGぶり。なかなか険しい美味の一時社員道、シャイン札のデザインを引き受けて、さてどういう方向へ行くのやら、待て、次号!!

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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